|
|||||||||||
| モンゴル遠征レポート > インデックス > 浜松新一郎 | |||||||||||
| 遠征レポート | |||||||||||
押忍。 |
|||||||||||
|
|||||||||||
|
冒頭より私事で恐縮ですが、自分、三十路の声を聞く数年前より頭頂部にトラブルを抱え、ここ数年は某製薬会社から販売されているリアップなる育毛剤に身をゆだねる日々を過ごしております。 |
|||||||||||
|
中華人民共和国は空港の作りも、外国からはるばるやってきた旅行者の扱いも大雑把な国だとつくづく感じました。 |
|||||||||||
|
塾長、事務局長、廣井支部長が記者会見に臨んでいる間、現地通訳のティム君(モンゴル支部道場生)、台湾選手団、日本選手団、飛永支部長と自分はホテル近くの立派なレストランにて初のモンゴル料理を頂きました。この後も口にする機会の多かったモンゴル料理でしたが、そのすべてがビックリする程おいしかったです。遠征後、飛永支部長から伺ったところ、モンゴルでの食事があまりにも美味しく、口に合うものでしたので、飛永支部長は今回の遠征で5sのウェイトアップに成功されたそうです。試合を控えた選手団には大変申し訳なかったのですが、この時、飛永支部長と自分はバドワイザーも頂きました。流ちょうに英語を操る山田君が通訳してくれたおかげで、ほろ酔い気分で楽しい会話と食事の時間を過ごすことができました。 |
|||||||||||
|
ウランバートル到着から帰国まで、審判団、選手団の移動手段のほとんどがガンちゃん支部長に手配いただいたタクシー、もしくは会長(32歳)お抱えのドライバーの運転によるものでした。そして日本では絶対お目にかかれない、凄まじい交通事情を体感できたのでした。 |
|||||||||||
|
お昼よりモンゴル支部の道場をお借りして選手および演武者の稽古を行いました。
モンゴル支部の道場はウランバートル市内の大通りに構えるビルの中にあり、このビルには道場のほか、洋服屋や雑貨屋などが入っておりました。 |
|||||||||||
|
稽古後は塾長の計らいで、塾長がご宿泊されているホテルにてサウナ付きのお風呂に入らせて頂きました。さらにその後、ホテル内の日本食レストランで日本食をご馳走頂きました。まさかモンゴルで日本食が食べられるとは思いもしませんでした。味も日本で食べるものとまったく変わらず、非常に美味しかったです。とにかく今回の遠征中、行くところ行くところ食事が不味かったためしがありませんでした。そしてその総ての食事がボリューム満点。前日のディナーの時点より減量苦から解放された選手団はボリューム満点の料理にも関わらず、皆二品以上注文してバカバカと食っておりました。やっぱり強いヤツはたくさん食べる!!ちなみに塾長も二品召し上がっておりました事付け加えさせて頂きます。 |
|||||||||||
夕方からは試合会場へ移動し会場設営とルールミーティング並びに審判講習を行いました。
|
|||||||||||
|
大会が始まると進行の遅さと、段取りの悪さが気に掛かりましたが、どうもやきもきしているのは選手と我々日本から来た関係者だけで、観客もスタッフもそれほど気にしていない様子でした。おそらくあの程度の進行の悪さにはモンゴルでは見る側も大会を催す側も慣れているのでしょう。
また、モンゴル選手に多く見られた「極め」の動作への貪欲さは見習わねばならないと思いました。ともすれば綺麗な投げの後を除くと、たとえ床に背を付けた状態であっても顔面の防御がおろそかになりがちです。モンゴルの選手は不格好な投げの後でも、相手に対し自分が優位な体勢(立った状態)にあると、すかさずそのがら空きの顔面へ極めの動作を狙ってまいります。あまりにも顔面が無防備であるため、今大会では自分も副審として「効果」の判定を下したことが度々ありました。実際のダメージがはかれないため、「極め」によるポイントは審判によって取ったり取らなかったりする場合がありますが、やはり気合いを込めた「極め」には良い印象を持ちます。世界大会ともなると実力差が伯仲し、細かいポイントの取り合いになる場面も多くなると思います。「極め」の重要性も再認識する必要があると存じます。 もたつきと、スケジュールの不透明さで大会の進行に遅れがありましたが、どうにかこうにか各階級決勝戦を終わらせ、大会も無事終了できました。大会が終わってみると日本選手は3階級出場で2階級制覇、1階級準優勝と第一回目のアジア大会としては日本代表として結果を残せたと思います。もちろん3選手にはこの結果に甘んじる事無く、世界大会へ向け精進を重ねて頂きたく思います。 |
|||||||||||
|
まさに大道無門を体感できるひとときでした。ろくに言葉も通じない、さっきまでお互いに殴り合っていた若者同士がグラスも砕けんばかりに(実際に何個か砕けた)「カンパァ〜イ、カンパァ〜イ」の連続。 |
|||||||||||
|
お昼よりモンゴル支部の審査会が開かれました。当日は月曜日でしたが、参加はおおよそ60名。塾長直々に稽古をつけていただけると言うことで、平日にもかかわらずこれほど多くの塾生が参加されたのだと思います。
|
|||||||||||
|
明日の帰国を目前にこの日は観光、ショッピングを行いました。 ビオフェルミンと吐き気止めを交互に飲みながら観光を楽しみました。会長(32歳)の牧場にて振る舞われた馬乳酒を頂いたところまではよかったのですが、その後、羊の姿煮を頂くに至り、塩味だけにもかかわらず、これも大変な美味とばかりに頬張りすぎたのがいけませんでした。再び腹痛に見舞われ・・・さすがに大草原で小間物を広げる失態は免れましたが、ホテルに戻るなりトイレに駆け込みました。 会長(32歳)の牧場では塾長が会長(32歳)から馬を頂き、馬主になるといったサプライズもございました。そして馬の名は「クウドウ」。なにやらモンゴル競馬のチャンピオンの子だとか。いずれこのクウドウがモンゴル競馬のチャンピオンになる日がくることを願ってやみません。 |
|||||||||||
その日の夜はモンゴル風バーベキューのレストランにて、アジア大会当日よりご同道いただいたマーシャルワールド様にご馳走になりました。さすがに自分は前日の中華料理、お昼の羊肉でさんざんな目にあいましたので、野菜ばかりを頂いておりました。しかし、そんな自分を尻目に隣では飛永支部長がお肉をモリモリ召し上がり、遠征中も欠かさず行ってらっしゃった加圧トレーニングでいじめ抜いた筋肉に栄養を補給されておりました。 |
|||||||||||
|
ガンちゃん支部長、会長(32歳)をはじめモンゴル支部道場生に見送られチンギス・ハーン国際空港をあとにいたしました。今回の遠征では最初から最後までガンちゃん支部長、会長(32歳)のもてなしは完璧であったと思います。初めての国際大会開催、諸外国選手・スタッフの接待といろいろ気苦労が多かったことと思いますが、本当によくやって頂いたと感謝いたします。 帰りも北京国際空港に寄港いたしました。さすがに帰りは行きと異なり何事もなく帰国できるであろうと思っていたのですが・・・成田への帰国便出発ゲートが変更になるという珍事がございました。廣井支部長が出発便変更のアナウンスに気付かれたので事なきを得ましたが、お気付きにならなければ出発に遅れていたかも知れません。なにせ、あれだけ広い空港なのに出発便の案内をする電光掲示板がほとんど見あたらないためです。今回の遠征を通してトラブルらしいトラブルと言えば、行き帰りで経験したこの北京空港でのモノぐらいです。おそるべし中華人民共和国です。 |
|||||||||||
|
自分がモンゴルに興味を頂いたのは10年ほど前、ウランバートル市内のマンホールの中で暮らす子供達を取材したテレビ番組を見たのがきっかけでした。国の宝であるはずの子供らをマンホールの中で暮らさせざるを得ないとは、一体この国はどうなっておるのだ、と憤りを覚えると同時に、若さからくるうぬぼれか、自分の力でこの国を立ち直らせてみたいものだと思ったのでした。ちょうどそのころ塾長にもお酒の席にて冗談まじりとは思いますが、「お前は蒙古顔だからモンゴルで大道塾を広めぇい!」とのお言葉を頂いておりました。それ以来モンゴルへの想いが離れることがございませんでした。 最後となりましたが、自分などにこのような貴重な機会をたまわりました塾長、事務局長、本当にありがとうございました。 |
|||||||||||
| 浜松新一郎(木町教室指導員) | |||||||||||
| モンゴル遠征レポートのインデックスに戻る | |||||||||||