『WARS』
時は90年代前半、格闘技界はグローブ空手ブームの只中にあった。グローブ空手の賞金トーナメントが開催され、正道会館が「K−1」をスタートさせた時代である。
大道塾では現実の格闘に近い攻防を安全に実践する為、素手+顔面防具という北斗旗ルールスタイルに拘り続けてきたが「北斗旗ルールよりもグローグルールの方が実践的・安全的」「大道塾はグローブ戦に対応できない」等といった世論が無視できない程の高まりを見せるようになり、大道塾のグローブ戦への対応力を証明する目的で1992年に開催したのが第一回目のウォーズ「THE WARS7.7」であった。
記念すべき大会でメインイベントの重責を担ったのはこの試合が3戦目のグローブ戦、そして3年振りの国内復帰戦となった“ヒットマン”長田賢一。ムエタイの元統一王者を強打でダウン寸前まで追い込んだ長田をして格闘技メディア各誌は「たった一夜で実力日本一を証明」と評する。
翌93年に行われた第二回大会「THE WARS'93」で加藤清尚と対戦したのはオランダのライアン・シムソン。当時は無名だったが、後にキックボクシング界において中量級世界最強の座に就く超強豪である。結果、加藤は判定1-2で惜敗したが、身長で19cm上回るシムソン相手に大健闘。超満員の客は賞賛を惜しまなかった。
2度のウォーズ大会でグローブ戦への対応力を実証した大道塾は1994・95年と北斗旗に専念するが、その間新たに格闘技界を席巻したのはブラジリアン柔術の台頭による「組み技至上論」。当時のエース・市原海樹がアメリカのUFCでホイス・グレイシーになすすべなく敗れたこともあり、「打撃主体の北斗旗ルールは寝技主体の総合格闘技には対応できない」といった論調に襲われた大道塾は、総合系ルールの試合を打撃で勝つことをテーマとした第二次ウォーズ大会を、以降3回に渡り開催することになる。
1996年の「THE WARSV」では大道塾とシューティング(修斗)の交流戦第1ラウンドがST特別ルールの元で行われ。森直樹が九平に判定負けを喫するも、プロシューターの寝技を凌ぎ切り総合ルールへの対応について成果を残す。また、メインでは長田賢一がロシア支部のマルチノフと北斗旗スペシャルルールで対戦し、マウントパンチで圧倒、健在ぶりを示した。
翌97年、「THE WARSW」の中で行われた修斗公式戦3試合では森直樹、山崎進が各々プロ修斗の九平、中尾受太郎に快勝して大道塾勢が勝ち越し。特に森は九平のタックルを切って打撃でダウンを奪い、前年の借りを返すとともに大道塾のアイデンティティーを体現することに成功している。
更に1999年「THE WARSX」では、小川英樹が修斗の元ライト級王者・田中健一とWARSルールで、山崎進がパンクラスの現エース・美濃輪育久とノールールで対戦し痛み分けたが、総合のエキスパートを向こうに回して緊張感溢れる交流戦を闘い抜いた。
過去5回のウォーズ大会による「実証」「実験」を経て確固たる北斗旗スタイルを完成させた今、これからのウォーズは「挑戦」「交流」によって選手達に稽古のモチベーションとなるような新たな表現の場を提供することが役目となるだろう。世界に向けて開かれた北斗旗を目指す為に、大道塾の侍達に熱き自己啓発を期待する。
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