ウクライナ遠征随行記東由美子

東由美子「ウクライナ遠征随行記(長編)」

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4月24日

<早朝にパリ着>晴れ 5℃

4:15パリ着。飛行機からの景色は見惚れるほど綺麗。そんな余韻か眠気に引きずられたまま、乗り継ぎ手続きを済ませ、コーヒーショップで朝のビール。通りすがりの外国人の方に、指を指され驚かれます。「That’s Japanese Culture ☆」などと言われていたとしたら、大間違いですから。

その後の3時間の飛行機もまた機内食が出て、成田からずっと食べどおし、飲み続きです。食事もおいしいのでしっかり食べちゃいます。こんな、食べ飲み続きの調子が続くことを覚悟し、「海外遠征がんばろっ!」と、眼下に広がるウクライナの景色を見ながら、気持ちを新たにします。

<ウクライナの首都、キエフ(Kiev)空港着>快晴 15℃前後 日本との時差−6時間

到着しパスポートコントロール。列を待っている間、既にロシア語初級(??)の塾長にロシア語のアルファベットを教えて頂きながら、看板に書かれているロシア語表記をクイズのように紐解きながら暇つぶしをします。まったく理解していないながらも、当てずっぽうで「まさかー」と思うような事を言ってみると当たったりします。(ex. Tokyo ⇒ Tokyo、New York ⇒ New York といった具合です・・・。)

「さて今回は、どんな大きな恐い方々がお迎えに来て下さるのでしょうか・・・」とドキドキしながらゲートを抜けます。すると、サモヒン支部長が私の顔を見つけるやいなや、オレンジ色のバラの花束で迎えて下さいました。恐る恐るどころか、そんな、随行の私なんかに、感激でした。

塾長の車を運転して下さったのは、キエフ支部の後援者で弁護士のサーシャさん、もう一台の私の乗車した車を運転して下さったのは空道歴7年のセルゲイさん。ウクライナ語のありがとう「デャァグユー」を教えてもらいました。(ウクライナでは、みんなロシア語は話せるそうですが、可能であればウクライナ語が好まれるそうです。「ロシア語の『スパシーバ』よりもこっちがいいよ。」と言って教えてもらいました。)

<ランチミーティング>

14:00ホテル到着。18:00から夕食とのことなので、軽めに、と塾長がお願いするも、アジア料理のしっかりした昼食となります。サモヒン支部長が3日間の予定や、セミナー参加人数・趣旨、ウクライナの支部の状況、今回の遠征実現への感謝の意を丁寧に話して下さります。

「現在、ウクライナの22州(全27州中)に支部があり、支部長は年に2回のセミナー参加が必須とのこと。人口減少と貧困層の拡大でなかなかスポーツが広まりづらいこと、そのために、ウクライナでもKUDOを組織的に強固なものにし、益々支持率を上げる必要があること、翌日のセミナーには支部開設意欲のあるモルドバからも2名が参加すること」等々、丁寧かつ真摯な説明を聞きます。実際の言葉は分からなくても十分に気持ちが伝わってきて、サモヒン支部長のピュアな空道への熱さに心を打たれます。塾長は、「10年前にウクライナを訪れた際とは打って変わって、支部として実を伴って成長していることに安心し、心から嬉しく思う。空道の支部があることで、塾生や社会に少しでも良い影響を及ぼしていないならば、本望でないというのを通り越して、設立以来空道を求めてきた支部長達に申し訳なくなってしまう。」と言っていました。

<予定通りの“観光”>

「18:00から観光ですので」ということで集合し、車で向かった先は・・・。案の定、レストラン。(笑)ところが、大統領も利用したことのある伝統ウクライナ料理のレストランとのことで、とっても「かわいいっ!」お店です。ディズニーランドのスプラッシュマウンテンの中のような内装です。料理はと言えば、ソーセージ・ハム数種(豚の血でできたソーセージや、豚の脂で作ったハムも)、お肉料理数種、サーモン、キノコのマリネ、ボルシチ、黒パン、燻製の味のする煮込んだ果物のジュース、・・・etc.どれもおいしく、また、支部長の心からのおもてなしに応えたいと思い、お腹一杯以上に食べました。塾長も一言、「大食い選手権みたいだな(笑)」
そして、塾長はウクライナでも‘お酒×武道(空道)論’を説きますが、サモヒン支部長曰く、「ウクライナは、アルコール依存症人口が世界でも3番目」ということ。それに対し「じゃあ、今の話は今回は聞かなかった事にしろ(笑)」とその場を閉めますが、もちろん次の日には塾長はすっかり忘れています。ここでの説法(笑)は、まだVOL.1になりますが、遠征中の所々で度々展開されます。

<腹ごなしの食後の観光>

車を動かそうとすると、車の後輪がパンクしそうとのことで、「由美子はこっちに乗って」と言われ塾長達の車に同乗。残された田中さんは、助手席に移動させられそのまま出発。「・・・あんまり意味がないのでは!?」と、おそらく皆さんが思っている間、塾長車は街の中心広場に降り、夜のメインストリートを歩く。出発前に、ウクライナの女性はとにかく綺麗と聞いていましたが、本当に悲しくなるほど綺麗です。8〜9等身の女性があちこちにいます。コノネンコ師範代曰く、・・・日記中では控えておきます。(笑)

「さあ、そろそろホテル帰るか」と塾長が言った頃に、田中さんを乗せパンクを修理に行った車が到着。皆さんで写真を取る間もなく、やはりホテルへ帰るとのこと。「あまりにも酷いのではないでしょうか・・・」と思いつつも、一行でホテルへ帰ります。3:00就寝。

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