大道無門 コラム⑬ 格闘空手の”受け”(防御法)

この連載は『月刊空手道』(福昌堂発行)1985年10月号に収録されたものです。肩書は掲載当時のものです

浅学非才をもかえりみず始まったこの格闘空手〟の連載も読者のみなさまの声援や叱咤激励をいただき、おかげさまで今回で十三回目をむかえた。まずこの欄を借りてお礼を申しあげたい。

 さて、その間批判や賛同を含めさまざまな意見をいただき、喜んだり落胆したり、腹を立てたり考えさせられたりと大変実のある勉強をさせていただいている。またそれらの意見に対しても、今までいろいろな機会に答えさせていただいた。そこで今回はそれら読者達の声の中で非常に多い、代表的なものの一つである、格闘空手の受け”について書いてみたい。

 大道塾では基本稽古(定置稽古)の時には、従来の空手の稽古で必ず行なわれている受け”はしない。また拙著『格闘空手」(福昌堂刊)の基本練習の項目の中にも受け”の解説、説明はない。これが多くの読者にはかなり気になったり、気に入らなかったりするらしい。しかしこちらにとっても受けがないということに対する根拠はあるのだ。

 まず第一に、これは今までにも述べてきたことだが、練習体系上五級以下と四級以上ではパンチの技術が大きく違うので一緒の受けはできないためである。

 

第二に時間的理由”受け”を大きく分けるとブロッキング、ストッピング、スリッピング、スウェーイング、パーリング、ダッキングの六種類になる。(ただしダッキングはボクシングと違いあまり使えない。なぜなら膝を曲げて上体を沈めると動きが止まるし相手より体勢が低くなるので頭を押さえつけられて膝蹴りとか肘打ちをもらいやすくなるからである)これらの受けは基本練習で一・二・三などと号令をかけて学ぶ性質のものではないし、また実際に使う場合は普通二~三種組み合わせて使われることが多い。もし、無理して受けを基本の中で、たとえ十回づつでも行なうとしたらかなりの時間を要する。私は格闘空手を柔道・相撲に伍せるものに持って行きたいと思っているので、時間のロスが一切ないよう稽古のカリキュラムを組んでいるつもりである。それでも二時間半の稽古では足りないくらいである。ましてや後述するが、受け”は基本稽古でなくとも、いや他の練習の中でこそ、より実戦的に学べるのである。

 

第三に技術的理由。例えば攻撃技である蹴りやパンチならば身につけるためには反復練習が必要となる。しかし防御技術の一つ一つの形態については手か腕な術の一つ一つの形態については手か腕など普段から使っている部位を使うものが多いため身につけることはさして難しくはない。つまり単調な反復練習は必要ではないのである。ただ、それを実戦で使うための状況やタイミングを体得するのに多くの時間を要するのだ。かえって反復練習をすることによっていわゆるビシッ!と受けるクセをつけてしまうと、どうしても攻撃を受けると、一旦動作が止まってしまう。一撃必殺の空手(?)なら狙いすました渾身の突きをビシッ!と受けるために、その反復練習も十分理由あることだろうが、攻撃が一発で止まらず連打が当然という実戦では一つの技を受けるごと動きが止まってしまうのではかえってそれがマイナスに作用してしまう。そして受けをしない最大の理由、それは攻撃技と防御技は根本的、質的にまったく違うということである。つまり「基本稽古で受けをしないのはおかしい」という論の最大のあやまちはこの攻撃法と防御技の違いを捉えていないところからくるのである。

 簡単ないい方をすれば攻撃技というのは多分に恣意的、一方的である。とにかく攻防のかけ引きの中で自分の意志で技を出すことができるのである。それに対して防御する側は当然相手の攻撃に対応して防御技術を使うのである。つまり受け(防御技)は受身、後手の状態で使う技術である。そしてさらに、そこに連打の要素が入ってくる。いわばランダムに出てくる相手の攻撃(出す側にとっては当然理由のある連打でも、受ける側がそれを完全に読むことができない以上、受ける側にとってはランダムである)に対して千変万化、臨機応変、融通無碍な対応が要求されてくるのである。したがってこのような、空手の防御技術は固定した形で反復練習せず、生きた方法で習得しなければならない。具体的には、約束組手に進んだ時点(中級)で基本的な防御法を学び、次に約束組手、スパーリングの中で徐々に体得していくのが最も効果的な練習方法なのである。

このように大道塾では基本稽古として受け”は行なわないが、最も合理的な方法で当然”受け”を学習しているのである。