空道インド7日間日記東由美子(総本部事務局)

(5.21更新)10日以降の画像を追加しました。

5/7 出発日

予定通り、成田空港に集合したのは、塾長、高橋師範、川保天骨編集長(注)、私の4名。参加予定だった能登谷支部長は2日前の大会での怪我の為、手術待ちで参加できず、先方には前日に急遽チケットをキャンセルの連絡。ところが、チェックインカウンターで告げられたのは、インド側の手違いで川保編集長のチケットがキャンセルとなっているとのこと。日本からではどうしようもできないのでインド側との連絡を試みるも、現地は朝3〜4時でどこも連絡がつかず、川保編集長のチケットは諦め、別の飛行機を予約し別便で遅れて到着することに。遠征メンバーが一人また一人と減っていき、予定通り出発できたのは、3名、塾長・高橋師範に、そして残された私。1週間頑張るしかない・・・と覚悟を新たに出発。香港でトランジット約5時間待ち。風邪をこじらせていたため、微熱の身体に、塾長&高橋師範に、長時間待ち(の三重苦(笑))はけっこう辛かったです・・・。

編集部注 : 「川保天骨」は多田英史指導員のペンネーム。

ようやくインドのムンバイについたのは、夜中。真夏のインド、夜中なのに全く涼しくない。ここから2.5時間程、山奥の避暑地(!?)へと移動。ムンバイ近郊にある保養地カンダーラだそうです。高地に位置し渓谷が有名です。

5/8 セミナー初日

セミナーは私立の中・高等学校の校舎を貸切って行われ、全インドから集まった約1,000人(子供が過半数)が1週間この校舎に缶詰で合宿中。塾長一行の直接指導を受けられるのはスペースの関係上、幹部や上位級のざっと見たところ100人程に限定。

一行滞在中、“避暑地”カンダーラの平均気温は例年と異なるそうでインド人もうだる暑さ、40〜45度。体育館には大型の扇風機が10〜15個用意されているも温風をかき回しているだけのようでした。

基本と移動をみっちり指導し、校舎を後にしようとすると、校庭に案内され、そこにいたのは1,000人超の塾生の方々。拍手とお辞儀で迎えられました。子供たちは「オス」の発音が難しいのか、「オシュ」と言って誰もが礼儀正しくお辞儀をしてくれます。
こんなにも多くの塾生さんをまとめるメハル支部長の指導力に関心を抱きました。インド空道連盟の標語は、「Learn Kudo, Love Kudo, Live Kudo(空道を習得し、空道を愛し、空道とともに生きる)」で、何かにつけて全員で唱和するのもまたその一つの要素に思えました。

夕食は、エリア周辺には一軒もレストランなどはなく、ホテルのレストランもお酒を出せないお店なので、部屋を貸し切ってケータリング。ビールは冷えてないので氷を入れて飲みます。食事はカレーやチキンなど。そこではインド空道連盟組織改編後の新しい幹部の方と初めて挨拶。元大学長のヴィスピィーさんが事務局長、元銀行マンのヴィスピさんが財務。二人とも数少ないゾロアスター教徒(インドでは、1番目がヒンドゥー教、2番目がイスラム教、3番目がキリスト教徒、ゾロアスター教徒は0.2%以下だそうです)。メハル支部長とは15年以上も伝統派空手時代からの付き合いだそうで、2011年にメハル支部長が空道への転向という大きな決断をした際にも賛同し、支えてきている初期メンバーだそうです。

5/9 セミナー二日目 昇段審査会

暑さに慣れてきたのか、渓谷の上に位置する校舎の窓から外の景色を眺めると、気持ち涼しくも感じる(一瞬(笑))。投げの講習のあと、40名の昇段審査。女性は2名受験。一人は警察官。想像はしていたものの、組手中、皆すぐマスクを脱いだり、横になったり。熱いので気持ちは分からなくもないですが、昇段審査なので・・・。あまり動きが機敏でなく無駄に時間が流れるので、3時間も過ぎると終盤、さすがに高橋師範が大声を上げ怒鳴りつける。それも当然な気もしました(笑)師範の一喝のお蔭か、約3.5時間でようやく終了。

全受験者

夜はパーティー。前回のインドの経験から予想はしていたが、会場へ入るや否や、会場中に鳴り響く音楽と共に踊り狂うインド人。審査中はあんなに倒れこんでいた人もダンスミュージックで復活。夕食は今日もカレーとチキン。お酒を楽しみにしていた川保編集長は「お香の味がする」と言いながらウイスキーを嗜んでいました。

5/10 セミナー 観光

午前中は、予てからの体調不良が祟って不覚にもダウン。午前は休ませてもらい、午後から復活。あと2日もあるのでなんとかがんばらねばー!

午後は観光。数千年の歴史のある仏舎利の洞窟、カーラ洞窟や、夕日がきれいなカンダーラ渓谷などに連れて行ってもらいました。日本人はまず見ないそう。観光中も欧米の観光客は1組だけ遭遇という、インド人が知る観光スポット。サルの親子は土地柄(笑)すぐに遭遇できます。

夕食はパーティー会場でカレーとチキン、・・・とは違うのがいいと皆合意し(笑)、レストランに行くもメニューはすべてチキンとベジタリアン。因みに牛肉は保有しているだけで捕まるそう。その後パーティー会場に移り、前日から密室での大音響(笑)に参っていた塾長が、強引に音楽を消し自己紹介の時間にすると、空気は一変お葬式のように・・・。インド人にとっては不思議なひと時のようでした。

5/11 大会 ラクダ ダンスパーティー

大会はAM7:00からPM7:30まで。子供は250名、一般は50名参加。伝統派から移行中でまだ発展段階ということで、今回は経過観察でルールはセミコンタクト、経済面から、防具もインド連盟の自前で対応というように塾長が許可しての大会開催。大会後半には大会の冠にもなっている、インドの超一流ボリウッドスター、アクシャイ・クマール氏が登場。撮影中のインド西海岸のゴアから自家用ヘリで飛んできてくれました。大会観戦後、校庭で1,000人の塾生を前にスピーチ。「最強のコンバット空手」を探求し、予てから面識のあったメハル支部長の紹介から空道に共感し、今回が第3回目の空道の冠大会。スピーチでは、大会中熱心に読んでいた『空道とは』の説明文に関心が高かったようで、「開明・自由主義」によって「どんな困難にも立ち向かえる強さを身に付けられる」といった「空道」の意義に共感し、「今後もアジアオリンピックへの競技化できるよう力になりたい」と締めくくりました。空道の信念に大変関心があったようで、それらについてじっくりと質問をされました。アクシャイ氏はこのスピーチの後すぐ、自家用ヘリで再度ゴアでの撮影へ飛んで帰ったそうです。

夜のパーティーまでの自由時間。外に出れば汗だくになるので部屋に戻りこの日3度目のシャワーを浴び、川保編集長から話に聞いたラクダに遭遇するべく夕焼けを見に外に出る。サルの親子には会えるかなと思っていたら最後にラクダに遭遇し、夢叶う。約200円で10分程ラクダが歩いてくれる。ラクダに乗って通りに出ると、1,000人もの塾生さんがいるこの地域は、まるで空道城下町のようで、通りかかる人たちは皆私たちに「オシュ」とお辞儀をしてくれる。何者でもない私が申し訳なくなりながらも、ラクダの上で、ラクダは一生に一度は乗りたいと思えるほど楽しいと思った。カワイすぎた。

帰り道に轟音が聞こえてくる校舎へ案内され立ち寄ると、合宿全参加者が、子供も大人も踊り狂い、最後の日とは言え、学校の校庭がクラブ化している。小さい子供から中年の方までもがブレイクダンスやらバク転をして、日本で言う小学校から踊る盆踊り感覚?(笑)と思うほど、インドの文化にダンスは根付いていて、その文化のおもしろさを肌で感じながら、バランス力や体幹力は相当なものなのでは・・・?と感心しました。

日本武道館でのライブのような会場と熱狂した人々を後にし、ホテルに戻る。その後の夕食もパーティーというので、“轟音”に疲れた塾長が、「絶対にカラオケを準備するように」指示・・・。私も、最後の日なので、前回のムンバイ遠征時でお別れ時にメハル支部長の奥様からいただいたインドのドレス、パンジャビドレスを念のため持参していたので、感謝の意も込めて着てみました。反応は・・・どうでしょう(笑)
塾長の要望に応え、ムンバイ市内へ調達に戻ってカラオケを用意したそうですが、あまり日本のようには盛り上がらず。インド人のスイッチのON/OFFが段々見えてくる。塾長もそれを狙い、「昇段!!」のアメを武器に、強引に日本の空道イズムを浸透させ、塾長ペースの宴会となり無事終了。ホッ(笑)。遅くまで盛り上がり部屋に戻って気が付いたら朝方はお湯が出ず、冷房も動きませんでした。最後の1日だけでよかった・・・!

5/12 ムンバイ市内中心部にて道場開き

記念すべき日ムンバイ市内中心部に位置し、宿泊所も完備した市内屈指の総合体育館(日本で言う東京都心部、代々木体育館と隣接する原宿駅のような立地)に常設道場を開設し、その道場開き。インドの伝統的な慣例に従い、道場の入り口でココナッツを割ったり、オイルランプに火を燈したり。悠々2面取れる約100坪の道場の窓からは、隣接するターミナル駅が見える。インド一地価が高いムンバイで最高の立地。女性と子供のクラスは無料で開講するとのこと。

道場開きの日。テープカット

その後、ここで高橋師範とお別れ。師範はあと2日残り、審判講習も含めてハードな練習メニューを指導予定。2時間×3セッション/日のメニューだそうです。高橋師範に、体調気を付けて頑張ってきてください、と声をかけながら、塾生の皆さんにも同様、心の中で強く応援・・・。

空港までの道、市内を車で走りながら、道路に捨てられ脇に積み上げられっ放しのゴミの山を眺めながら、ようやく景色が変わったと思うと半壊したあばら屋で不自由なさそうに生活を営んでいる人々がいる。家があるだけまだ“上”のクラスなのかと思った。道路脇で車にひかれそうなところで真っ黒くなって寝転がっている人たちもいる。そんな光景をみながら、その一方で約70億円もの資金が投入され数年前に新設されたばかりの空港の新ターミナルに到着する。インドのシンボル孔雀をイメージした壮大で煌びやかなデザインの入り口に圧倒されながらも、5分前まで見ていた生活との落差を感じ愕然とした。こんなに階級・貧富の差があるなんて、きっと全インドから集まった1,000人の塾生の方々も、それ相応の生活力がありそれなりの階級にいるから練習ができていて、そんな貧富の差や階級差のある土地だからこそメハル支部長の導く指導力は浸透しやすく、日本から来印した私たち塾長一行を神のように最大の敬意を払ってくれたのだという気がしました。

最後に

インドでは空道の競技としてのレベルはまだまだ発展途上ですが、組織力は大変大きく、メハル支部長の指導力は特に目を見張るものがありました(さすがメハル支部長・・・(笑))。インドオリンピック委員会(IOA)とも接触を始め、そちらへ加入するための条件として今回の3回目の大会も終え、空道連盟の発展を世界全体で考えた時に、インド連盟の果たす役割は大きく、重要な位置を占めていくだろうと感じました。インドのアイコン、アクシャイ・クマール氏のネームバリューもそのPR力の一つで、連盟の政治的潜在能力は大きいと思いました。反面、技術面では他の国に追いついていない印象もありますが、向上意欲は強く、日本から指導員を派遣してほしいと度々お願いされました。今回のように郊外では特にお酒は飲みづらく、お肉も自由に食べられませんが、どなたか興味ある方がいましたらぜひ総本部事務局までお声かけください。インド料理はおいしいですよ!

今後、インド連盟もアジアでの存在感を強め、空道連盟の発展を促してくれることを願いつつ、私もその一助となれるよう精進していきたいと思います。皆様の日頃のご理解・ご協力に感謝いたします。ありがとうございました。

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