この連載は『月刊空手道』(福昌堂発行)1986年1月号に収録されたものです。肩書は掲載当時のものです
前回は守・破・離〟という言葉を引用して、空手の指導について述べてみた。そこで今回はさらに話を進めてみようと思う。
基本を身につけ、自ら試行錯誤の段階を経て自分独得の個性的な闘い方を身につけるようなレベルに達したら、指導者はその人間が誤った方向に進まないように適宜軌道修正してやったり、はげみとなる具体的な目標を設定してやることが仕事となる。いつまでも自分の枠の中に生徒を閉じ込め、細かい事に口をはさみ、師範風を吹かせれば確かに気持ちもよかろうが、それでは本当にその人間の能力を伸ばすことにはならない。“技術”というものは何も空手に限らず、国家的規模の科学技術も含め、あくまで自由な発想活発な試行錯誤や切磋琢磨があってこそ発達するものではないだろうか。
但し、同じく”芸事”といった大雑把な分け方ができると言っても、空手や柔道などの格闘技は、華道や能などのように様式美の追求だけでこと足りる分野ではない。あくまで競技、格闘の中で他と競い、自らの技術や精神を証明しなくてはならない。そして、その結果で稽古法の可否は客観的に評価されてしまう。(勿論、その前提には、どんな人材が集まって来るとか、その団体の規模、勢いといったものも大きな要素にはなるが)
その為、私はある程度のレベルに達した弟子に対してはその人間の個性、質に合ったスタイルを方向づけてやるのが真の指導と言うべきだと考えている。
別な表現をすれば、生徒に一人歩きをさせ、後ろから見守るという方法を採らなければならないのである。
以上述べたように、こと空手に関する私の指導法は、一通りの技術、基本を教えたら、あとはその人間の工夫研究にまかせるという方針である。
ただ付け加えればこの方法にも問題がない訳ではない。一般的な傾向として、空手を志す人間の多くは「強くなりたい」という切実な願望を持っている。それは結局、負けん気が強い、向上心があるという言い方と同時に、我が強いとも言えるのである。そのような人間が前述した指導法のもとで実力をつけたとき、「自分はあまり教えてもらわなかった。自分の努力で強くなったんだ」といったような錯覚をおこすことがままある。自らの空手が成長した最も重要な要素であるその環境を忘れてしまうのである。人は独力では絶対に強くはなれない。必ず同じ目的を持った相手と正しい稽古の体系がなければ我流で終ってしまう。ここの所を往々にして忘れてしまう人間がいるのだ。恥をさらせば私はそれで一、二度やけどをした事がある。
そういうことがよくあるからこそ、いつまでも生徒を自分の型にはめておく方がよいと実際に口にする指導者もいる程である。話は少し飛躍するかもしれないが、そういった観点から、空手における型”の意義を考察してみるとなかなか意味深である。
日本人は集団を好む民族とはよくいわれるが、確かに日本人は組織を尊ぶ事でここまで発展してきたと言っても大きな間違いはないと思う。従って逆に、個性の強いもの、足並の乱れを非常に嫌う傾向が強い。だからこそ、特に個性的な人間が多く集まる空手界で、”型”が重要視されてきたとは考えられないだろうか。
空手の技を実際に使用する組手の場で”型”がどこまで現実的であるかをこの項で私は述べるつもりはないし、また、”型”全体の存在意義を確認する意志もない。ただ、伝統空手が“型”にあくまでこだわる理由の一つに、位置がどう、姿勢がどうのといった様式美追求の目的の外に指導する側の絶対性を主張する面はないだろうか。
”型”の指導はあくまで固定されたものを指導するのであるから指導者が絶対であり、またいつまでも生徒をうつわにあてはめることができる。そして指導者と生徒(師と弟子)はいつまでも指導する側と指導される側という図式が成り立ち、人間的な意味での指導力とは別に形の上での絶対的な指導をいつまでも続けることができる。これが”型”は無意味だとされながらも存続し続けている大きな理由の一つではないだろうか。
蛇足ながら、大道塾に関して言えば、そのような意味ではなく“型”の体育的、精神的集中効果は認めており、ビジネスマンクラスでは採用している。但し前屈や後屈で行う伝統的な型”ではなく、実際の闘いの中で使われるコンビネーションを応用したものだが・・・。
少々話がそれたが、そういった理由から、格闘技としての空手を考えるなら、あくまで指導は究極的には本人の努力と研究にゆだねる必要があると思う。そしそれが私自身の経験から得た指導法なのである。