「社会に寄与貢献する事」を“理念”とする“空道”と、その修養・指導機関である“大道塾”は(一定の社会的評価を得ているボクシングなどは別だが)テレビやマスコミで煌びやかな脚光を浴びているからと言ってこれらの格闘技の“プロ”になることは推奨しなかった。これまでいくつの武道や,格闘技が一時的に流行した勢いで“プロ宣言”をし、どれだけ多くの若者が「人生を賭けそして(その競技とともに)夢破れた」のだろうか?
それどころか強さへの止むに止まれぬ情熱から飛び込んできた若者には、「必ず仕事との両立を計れ」との前提で出来るだけの支援はしてきたが、(怪我や人気稼業の不安定さを考えると)生活の全てを掛けての“教える”立場に立つ事さえ、積極的には勧めなかった。
寮生制度が発足約30年を迎えた今日、パイオニアとして努力してきた初期の寮生出身の支部長達がそのような方向で仕事と道場を両立させ、地域的にも社会的にも安定、成長してきている状況を見た時、それは正しい方針であったと思う。
しかしながら、現代社会が日本だけでなく世界規模で、ハッキリと分かるほどに揺らぎ、正に一寸先すら読めない今日、自己の心身を鍛えながら「社会に寄与貢献する事」を“理念”とする“空道”と、その修養・指導機関である大道塾の存在意義をもっと“積極的に自覚”する時が来たのかもしれない。
完全に同意することは出来ないが(※1)昨今「武士道精神」というような言葉が度々、様々な分野、場所で聞かれるようになったのはその表れだろう。今改めて単なるエンターテイメントとしての“ブドーセイシン”ではない、「社会を支える為の“武道精神”」が様々な分野で大きく再評価されている。
(※1)参照拙文「チョッと待った武士道精神(武士道と武道は違う)」
個人的にはこれからのサバイバル時代に負けない心身の鍛練とか、社会的には教育崩壊ともいわれる今日、日本社会ひいては国際社会の将来を背負う“青少年の育成”や、現在既に社会を支えている人達の“自己実現を手助け”し、教育の崩壊だけではない“人間社会そのもの”の崩壊を止めるというという意義。
更には、IT革命”による通信手段や、音速旅客機の再登場など交通手段の驚異的な発展により、ますます狭くなる世界で、より大きな自己実現、より広い相互理解を夢見て世界への雄飛を志す者の指導、援助、等々。益々、“真の武道”の存在意義が高まっていると思うからだ。
こんな時代に “空道無窮”と“大道無門”の精神(※2)を体得した人材を社会に送り出す事は“社会から真に必要とされる強靭な心身を備えた武道人を育成する”と
いう意味での「社会体育」を標榜してきた空道と大道塾の“使命”でもあるだろう。
(※2)一言で表現すれば寛容、広大、宏大な心=“Open Mind”
更に上記の意義に加えて、「全日本空道連盟」が「一般社団法人」となった(※3)ことを受けて「空道」のより一層の具体的な社会的貢献の為に、
・“内弟子・寮生制度”を一層充実させた「武道奨学生制度」を強化する(下記参照)。
・これまでも多くの希望者があったが、見送られていた外国人の内弟子・寮生を今年度から認める。
新制度において、身近な“国際社会”を経験しようという「志ある若者」にも良いタイミングかも知れない。
(※3)2009年3月12日に内閣府への登記を完了。 |