テレビに映画に雑誌にと、武道や格闘技が全盛に見えるこの時代だが、大道塾は、プロ野球やサッカーといった様な意味の完全なプロファイターを養成したりはしていない。社会的な条件が整わないのに一時的に形だけ整えても継続は無理だからだ。それどころか、これまで、大道塾の将来に絶対の確信がもてない段階では、怪我や人気稼業の不安定さを考えると、仕事を持たずに生活の全てを掛ける積もりならば“教える”立場に立つ事さえ、積極的に勧められなかった。ただ、強さへの止むに止まれぬ情熱から飛び込んできた若者には、必ず仕事との両立を計れとの前提で出来るだけの支援はしてきた。
時代に逆行していると取られるのかもしれないが、今でも、一時的に脚光を浴びているからといって、他の仕事を持たない全くの“プロファイター”になることは推奨できない。安易に“応援する”事は簡単だ。 しかし、これまでいくつの「武道」や、「格闘技」が一時的に流行し、忘れられ、どれだけ多くの若者が、「夢破れ、人生の半ばで道を失った」かを、責任ある立場の人間は考えるべきではないのか?
寮生制度が発足20年を迎えた今日、パイオニアとして多くの寮生出身の支部長達が、「仕事と道場を両立させる」という塾のこのような方向で努力し、地域的にも社会的にも安定してきている状況を見た時、それは正しい方針であったと思う。
しかしながら、日本社会がハッキリ分かるほどに揺らぎ、正に、銀行すら先が見えないという今日、個人的にはこれからのサバイバル時代に備えるとか、社会的には、教育崩壊ともいわれる今日の日本において“将来の日本を背負う青少年の育成”や“社会人の自己実現を手助けする”という意味での“プロ”としての仕事。更には、“IT革命”による通信手段や、音速旅客機の再登場など交通手段の驚異的な発展により、ますます狭くなる世界で、より大きな自己実現を夢見て世界への雄飛を志す、などなど。今改めて単なるエンターテイメントとしての“ブドーセイシン”ではない社会を支える為の“武道精神”が様々な分野で大きく評価され始まっている。
こんな時代に正しい“武道精神”と“大道無門の精神”を体得した若者を社会に送り出す事は“社会から真に必要とされる強靭な心身を鍛錬する”という意味での「社会体育」を標榜してきた大道塾の“使命”でもあると大道塾は改めて“寮生制度”を一層充実させる方針を決定した。
それに伴い、大道塾は日本社会の根幹を成してきた“武道”の再生の為、敢えて総合従手武道(「空道」)のより一層の社会的認知を!という新たな道に一歩を踏み出す。この普及発展の為に「志ある若者」のチャレンジを、これまで以上に積極的に受け止めることを、ここに宣言する。
国際空道連盟大道塾 塾長 東孝
(第二回空道世界選手権大会パンフレット掲載文を再録) |