『グラントロフィー2001』
第一回北斗旗世界大会を翌年に控えた2000年、世界各国での大道塾の認知度を高めると共に、大会への参加を呼び掛ける活動の一環としてフランスで開催した北斗旗ルールセミナー(東孝塾長、平塚和彦評議委員長、飯村健一師範代、アレクセイ・コノネンコ師範代が指導)を機に、総合格闘技大会「グラントロフィー」の主催者クリスチャン・ヒベール氏と親交を得たことから、大道塾は同大会への出場依頼を受けることとなる。グラントロフィーの判定基準が北斗旗同様、寝技よりも打撃・投げのポイントを重視するものであったころろ、ルールも素面+グローブというスタイルであることを除けば北斗旗のそれとよく似ていることもあり、2001年4月21日、パリにおいて開催される「グラントロフィー2001」に小川英樹・稲田卓也の両名を派遣することも決定。パリ在住の’97北斗旗軽量級準優勝者・土田真也も合流し、総合格闘技界中量級世界最強の呼び声も高い桜井“マッハ”速人ら修斗勢、「立ち技バーリ・トゥーダー」の異名をとるキックボクサー・後藤龍治を加えた日本チームとフランスチームとの対抗戦が行われることになった。
小川は試合開始早々、タックルを仕掛けてきた相手の襟を掴んで絞め落とし、わずか34秒での完勝。稲田は慣れない素面パンチとレフェリーの地元贔屓に苦しみながらも試合を捨てず、最後は腕拉ぎ十字固めで逆転勝利。土田はチームのマネージャー兼任、しかも負傷中という厳しい状況にも怯むことなくパンチで豪快にTKO勝ちと、日本チーム5勝のうち大道塾勢が3勝を挙げるという大活躍ぶり。
日本チームの合同練習でも小川が得意の打撃や足払いで桜井や後藤を翻弄して大道塾のエースの実力をアピール、土田の活躍も大道塾パリ支部の設立活動への大きな後押しとなるなど、実り多き参戦であった。 |