気まぐれに東塾長か答えるコーナー

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連載漫画の感想に対する回答

連載漫画「上等だぁ!」最終回の感想コメント

発信人山形支部に入門したのが16歳の高校2年の時でした、入門間もない頃に山形支部に演武の為に塾長が見えられて、圧縮バット3本まとめてへし折った記憶がよみがえりました。「はみだし空手」はもっておりますが、漫画になってよりダイナミックでわくわくしながら見ることが出来ました。長い間たのしませて頂いて感謝しています。これからもがんばって下さい。

RE:

塾長良い反響ばかり続くから調子に乗って思わず色々書いてしまったが、「空道へ」のネタばらしになってしまうか笑。これはサービスし過ぎか 笑?

恐らくこの頃は、「昼はこれまで出来なかった勉強をしながら別な世界に進もう。武道は仕事が終ってから夜にでも教えれば良い」などと甘い目論見で(?)大道塾を立ち上げた直後だ。所が、高らかに理想を掲げたのは良いが、正に「極真にあらずば(空手を通り越して)武道にあらず」という時代の真っただ中だったから、「投げも関節もあります」などと声を嗄らして怒鳴っても、「東は何かまずいことでもやらかして破門にされたんじゃないのか?」などという風評も耳に入って来たくらいで、無名の振興団体に新しい生徒はさっぱり入らない。

設立時にあからさまに辞めて行ったのは初めから縁がなかったんだとの諦めもついたが、「塾長!やりましょう!」と熱く語ってくれた古株の弟子も、次第に一人減り二人減りして行った。「こんなはずではと!」と焦って毎週のように東北各地で演武会をして回ったものだった。そんな時に「あいつも、こいつも…・」などと愚痴る度に「先生!今に時代が追い付いて来っから、焦ることないベーよぉ!」と力づけてくれたのが、自分でも柔道をしていた山形の峯田支部長だった。

空道水滸伝第三話

当時は選手を辞めてすぐだったから右脚は使えなかったが、脛はまだ石のように硬かったので左脚で毎週バット3本折りをしていた笑。脛は全く痛くなかったが、毎回 10人位ずつ連れての演武会だから移動代や食事代の上に、そのバットだって今流行りのスティックみたいな5,6本束ねても割れるようなものではなく、正真正銘の圧縮バットだたから、財布には結構堪えた笑。(1年後には遂に、45,000円のアパート代が払えなくなって道場の上のプレハブに越すことになるのだが・・・・泣)

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