気まぐれに東塾長か答えるコーナー

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連載漫画の感想に対する回答

連載漫画「上等だぁ!」第44話の感想コメント

発信人当時の戦いについてどのような心境で戦っていたのかが、よく分かる。塾長の大山総裁に対する気持ちについて触れてほしい。大山総裁の著書には「投げを 多用したことに注意をしたら、反発心を持った」ということが書かれていたが、塾長の本心は違うような気がします。

連載漫画「上等だぁ!」第44話

RE:

塾長私が見た「空手バカ一代」では投げも締め関節も許されていました。だからこそ一応大学でする事を勧められたがしなかった柔道も生かせるのでは?と、当時(の特に田舎で)は不良がやるものというイメージだった空手に飛び込んだのです。

高校時代に県で上位を争っていた柔道仲間が大学柔道や相撲の世界で順調に伸びているのを見るにつけても、彼らに笑われるような非現実的な空手はしたくなかった。だからこそ自分の選んだ極真は完全であって欲しかったし、いずれ今日のような総合の時代が来ると思っていたので、当時それに最も近いエネルギーを持っていた極真に顔面パンチや投げ締め関節を導入してあくまで極真がNO-1であって欲しかったのです。

その事は支部長会議の度に館長に何度も訴えましたが「既に指導体系が確立しているから」と聞いて貰えませんでした。3度目か4度目の会議では「またその話か!」と言われたし、先輩支部長からも「極真にそんなのは要らないんだよ!」と睨まれたものでしたものでした。しかし、館長に「投げがしたいなら講道館へ行け」と言われたとか「投げを注意されて、そのことに反発して」極真を辞めたなどという事はありません。

もうそんな元気もないから言いますが(笑)、私は私と同年代の血の気が多かった者の(笑)多くがそうだったように、司馬遼太郎の「竜馬が行く」(今の「龍馬伝」ではない 笑)の坂本竜馬に憧れて東京に出て来たので、この世界で食おうなどとは全く思っていませんでした。だから敢えて言いますが、そんな主張をしたことで辞めろと言われていたなら、その時点で喜んで辞めてそっちの世界に飛び込んでいたでしょう。(実際に若い情熱でそっちの世界に飛び込んで行った友人のその後の悪戦苦闘や、当時の大学紛争のスターたちのその後の人生を見ると、それはそれで、また大変な人生になっていたのでしょうが 笑)

辞めたのはあくまでも漫画の「空手バカ一代」でイメージしたものをしたかったのと、一端(いっぱし)気取りでいた自分に、自分の分限、身の程を気付かせてくれ、人生に真摯に向かい合う事、そして目標を持って前向きに生きる事を教えてくれた「人間教育」をなしえる“武道”を守りたかったからです。

更に言うならこんなに素晴しい日本の財産であるのに、国内的にはオリンピックの時だけ日の丸を背負わされたり、「どっちが強い式の“ブドー”」として歪んだ形でしか表現されない“武道”を、上記の意味での“正しい姿”で次代へ伝える為です。
若い時の夢と、現実に選んだ道は世間的には天地の差があるのでしょうが、今は、この世界を選んだのは本当に正解だったと思っています。

横目で昨今の日本の状況を見ていると、かつての、もっと武道に近かった時代の日本人なら絶対に選ばなかった人間や、させてはいけない人間が日本の舵取りをしている事に、どうしようもない怖さと虚しさ、苛立ちを隠せません(沈殿しながらも生来の血が騒ぐのか 笑)。

しかし一方、昨年マスコミと一緒になって彼らを熱狂的に選んだ人間が、今は、同じ彼らを散々に罵(ののし)っていますが、選んだ人間の責任はないのでしょうか?坂道を転げ始まっていた日本にさらに“勢い”(?)を与えたのは、そういった人達に日本を委ねたあの選挙にあるはずだからです。

ともあれ、疑惑や不信、侮蔑、軽蔑の眼で見られながらも、地位に守られ空虚な言葉で日々を凌いでいる姿を見ると、心臓にそんなに植毛してない一般人では驚愕、呆然を通り越して畏怖、敬遠するしかない。そう思うと、スケールは違うのだろうが、明日を創る若者の近くにいれて、本当の何かを伝えられるこの道に付けて本当に良かったと改めて思っています。  (掲載日2010.2.2)

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