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コラム02 機関誌「格闘空手マガジンvol20」巻頭言より

20年という大きな節目でもあり、来年には開催される世界大会の選手選考大会にもなる2000年全日本北斗旗無差別選手権大会。大道塾内でも、世界大会へ向けて機運が高まってきた中、いよいよ無差別大会の日はやってきた。今回は、東塾長に区切りとして過去の「北斗旗」をふりかえっていただき、また、一競技者として「世界」を経験している先輩として語っていただいた。

―北斗旗も20年を迎えましたが、これまでを振りかえって印象に残っている大会、試合は何でしょうか?


 やはり、一番、最初の大会だね。新しい空手をやるということで、やはり賛否両論あったし、当時参加する選手自体がまだ自分達の実力に自信が持てない時期だった。「自分達で勝てるのでしょうか?」などと言ってね。「こういうルールでやっているところは自分達しかいないんだから、先駆者的にやっているのだから絶対大丈夫だ。心配ない。自信を持て。」と・・・。体力差を克服できる空手を追求したいと始めたわけだけれど、結果として、小兵の岩崎弥太郎が圧倒的に体格差のある相手に対して、勝つことができたという象徴的な大会になったからね。こういう空手をやって良かったなと思ったね。

大体新しいことを始めると最初回りは悪気はないけれど反対するものなんだよ。これからも格闘空手としていろいろと変わっていかなくてはならない部分というのはあるわけで、しかし、新しいことをするときは大抵反対される。あの時は賛同して力になって欲しい身内からもいろいろと言われたりもしたけれども信念を貫いて良かったなと思ったしね。やはり一番印象に残っているかな。その後、長田と山田がしょっちゅうぶつかるようになって、この頃は、やっと看板選手というものができてきたなと…。それから91年、当時軽量級の加藤がまた勝って、やはりそういう可能性はあるんだと思った大会かな。そして、セム・シュルト選手が初めて出てきた時だね。この時はもう、ただ体格差では済まされない大きさだったからね。もう、こうなると本当に専門的に養成していかないとだめだなと思った。ただいつも言うけれど、色をつけず、そういう環境を日本で作るというのは現在もなかなか難しいかね。

―90年、ロシアの選手が初めて参戦した時に塾長は「ロシアの選手達は圧倒な体力に加えて、武道を尊敬するという気持ちがひじょうに強い。素直に教えを乞うという姿勢があるから、いつか絶対に逆転される」と予想されていました。初参戦の時の感想をそのあたりを踏まえてお話下さい。


  例えば、柔道を考えてみるとする。日本ではサッカー、野球とか、海外からきたスポーツが隆盛なんだけれど、日本の伝統的な競技は…というと、オリンピックの時だけ、盛り上がっているけれど普段はどうだろう。これが国でもっと振興しようとする姿勢があったらもっと需要のあるものではないかと思うんだよ。実際、ロシアなどでは、自治体などが給料を払って、そういう武道などをやらせているわけでね。もともと日本の中で育ってきたものの良さを海外の方が評価しているし、礼儀なんていうのは海外の選手はきちんとしているしね。以前海外で試合をした時、最近の日本の選手は今一つ元気がない。だから多少「待った」がかかっても行け…というようなことを言ったことがあるんだよ。そうしたら、向こうの審判に「先生、それを許したらこちらの人間はもともとテンションも高いし、上下関係なんていう発想もない。弱肉強食だから大変なことになります。」と、そう言われて海外の人間がそういうものを大事にするのはよくわかるなと・・・。だから武道の精神に惹かれるし、大事にするんだろうね。海外へ行く度に感じるよ。体力、環境の整っている人間がそういう気持ちを大事にするのだから、いつか逆転されるのではと、当時は思ったね。

―今回、無差別にでる選手達に何を望みますか?


 これは今回というかね、世界大会という名前の付く試合に出られるというのは、一生に一回、二回あるかないか、そんなものなんだよ。今はみんなまだぴんと来ていないと思うんだけど大会が始まってその雰囲気の中で「あー出たかったな。」と思う人間はたくさんいると思うんだよ。みんなまだ目が覚めていないというかね。今、一生懸命取り組んでいることもあるだろうが、それは今年、来年でなくても出来ることというのはたくさん、あるんだよ。だけど4年に1回の世界大会というのは一度逃すと4年先になってしまうんだな。そういう機会と体力的なピークとね、合うというのもなかなか難しい。そういう世界と名の付く大会に出る経験というのはひじょうに大きいことだと思うんだよ。今回はそういう大会の選考会でもあるわけだから、頑張ってもらいたいと思うね。

―「投げ」のポイント有りが変わりますが、この点についての塾長のお考えを教えてください。


 大道塾の考えというのはあくまでも護身という発想で立技7割くらいでなくてはならないと思うんだよ。例えば自分が弱者を抱えて戦わなくてはならない時、「逃げる」ではなく「戦いを避ける」という場合も含めて考えてやはり立技でなくてはだめだと思うんだ。しかし立技の人間というのは寝技を研究してこなかったから、現在不利な状況にある訳だ。それを克服するには、寝技のレベルが高い人間に、寝技で勝つというのは、はっきり言って無理なんだな。だから、基本は立技であると。逆に言うと投げにきた時にそれをどうしたらいいか、投げにきた時に、どういう抵抗力をつけるか、投げに対してどのようなカウンターの打撃を合わせるべきか、こういう事を考える意味で投げのポイントをあげようということになったんだよ。

―では、世界大会への出場を考える選手達に一言お願いします。


 そうだね。これは果たしてどれだけの選手がそれだけの気分になっているかなというところだね。ただねここにきて、かなりそういう雰囲気にはなってきているかなとは思う。春の体力別あたりから、選考を兼ねると言われ始めてだんだん、そういう雰囲気にはなってきているとは思うね。練習を見てても熱は入ってきているなと。このまま行ってほしいところだね。あと、海外を生で見てほしい。無差別が終わったらすぐに、スペインと南米、年を越したらアメリカやイタリアなどに行きたいと思っているからそういう機会に見て欲しいと思うな。

―世界大会というのは、大道塾生には未経験のものです。それを経験されている先輩としてアドバイスをお願いします。


 これは「気迫」だよ。「自分が負けたら、日本が負けるんだ。」と、それくらいの気持ちじゃないとだめだ。向こうの選手は自分の人生を賭けるくらいの気持ちでいるから日本の選手達もその辺を早く目覚めてほしいなと思うね。やっぱり世界の人間と同じ土俵で闘えるというのは、“幸せ”なことだと思うしね。世界の中で自分がどれくらいの位置にいるのか、これはひじょうに貴重な経験だと思うからがんばってほしいね。一般的に日本人というのは海外の人間に対して肉体的・精神的に威圧感を感じたりするんだな。それが軟弱になったとは言え伝統的・環境的に、まだまだ有利な武道の世界で実際に試合をしてみて、「ああ、自分はこれだけ出来るんだ。」という自信につながるんだな。これは選手をやめても自分の財産になるはずなんだよ。自分のことを考えても、今海外へ行ってもプレッシャーなど考えずにいられるというのは、若い時のそういった経験からだと思うな。

文書日付2001.4

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