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コラム01 機関誌「格闘空手マガジンvol18」巻頭言より

西暦2000年の今年、大道塾は設立20周年を迎えます。20周年、最初の発行に際してご挨拶させていただきたいと思います。

ご存知の方も多いと思いますが、私自身現役の選手時代を極真会館で過ごしました。日々強くなることを考えがむしゃらに稽古をしていましたが、試合などを経験するうち特に海外勢との試合などでは「小よく大を制す」「柔よく剛を制す」という言葉を意識するようになりました。この発想は実に日本的で欧米人に比べ体格的に差のある日本人にとって武道だけでなくあらゆる分野に必要で非常に重要な発想です。

私が空手を始めたのは「護身」という意味がひじょうに大きかったので実際自分より体格的に大きな人間と向かい合って体力で自分を主張する場合、顔面のない練習を日々やっていて勝てるのだろうかという疑問が出てきました。事実、相手の胸を叩く稽古をしているといざという時も胸しか攻撃できないのは今では周知の事実です。

私自身、第11回大会で膝を決定的に悪くしてから、極真ルールの中での限界というものを感じ始めていました。しかし、「小よく大を制し得る武道」なら…。顔面へのパンチと継ぎ技として金的蹴りや瞬間的な投げ、締め、関節技を認めたルール。私は機会があるとこの提案を繰り返していました。しかし、極真には極真のすばらしい理念があり、一支部長であった私の考えを押しとおすなどとんでもないし流派を起こすなどという不遜な気もありませんでした。だが様々な格闘技、武道を見る度にこの新しいルールを実践してみたいという気持ちは日に日に強くなりました。活字にはできませんが更にもう一つ決定的な要素があり、遂に小よく大を制し得る武道としての空手を求めて格闘空手「大道塾」の設立を決心したわけです。

しかしながら決心したと言っても、最初の3年間はこれを一生の仕事とするということに迷いもありました。私の理想として当時の若者の殆どがそうであったように坂本竜馬をはじめとする維新の革命家達がおり自分の力がなんとか日本のためにならないかと漠然とですが考えていました。もちろん好きな空手ですからやってやれないことはないが、はたして夢を捨ててまでやることなのか…。

「格闘空手」も新しい体系ということで始めてみるととても片手間ではできない仕事でした。その日々の仕事と以前からの理想の間で揺れていた時期でもあります。しかしながら時代に合ったのか自分が思っていた以上に早く組織としての大道塾は大きくなっていき、そのうち支部も増え、塾生も増え選手も育ちました。拠点としていた仙台から総本部を東京に移しました。私としては仙台で続けていくつもりでしたが、当時の選手達に「自分達は地方区だから」と言われ、自分は現役時代、全日本とか世界という目標で頑張っていたが弟子達にもそういう場を作ってあげなくてはならないのか…と思い東京に出たわけです。 (余談ですがそんな動機から展開したわけですが、私自身試合に出たかったし、それなりの自信があっても出れなかった…今でもこれは後悔しています。)

ですから設立当初は「一大流派を作ろう」だとか「世界的な組織にしよう」などという野望もなく自分の想像を越え、組織の方が大きくなったというのが正直な感想です。しかしながら徐々にですがその中で空手を通しての武道教育というものも、自分が理想としていたものと同じではないかと感じるようになりました。上に立ち政治の世界で改革していくのも大事だが、武道を通じて裾野を教育していくのが自分には合っているのかなと思いはじめ一生の仕事としての決心をしたのもやはり3年位経てからのことでした。

今、この20年を振り返ってみて思うことは、人というのはいろんな考えがあるから自分としては後ろ指を指されないようにやっているつもりでもすんなりいかないものだなと…(笑)。邪魔があったり、足を引っ張られたり、後ろから殴られたりと…(笑)。…でもそういうことがあるから、人生なのかなとも思います。正に「大道無門」なのでしょう。

よく大道塾の方向性が変わるということも聞きますが、そういうつもりは毛頭ないですね。そもそも大道塾は護身ということもあって、あらゆる状況というのを最初から想定している訳です。ですから、新しい技なり出てきた場合、それはやはり吸収しなくてはならない…。護身の場で「これは知らないから」などというのは通用しません。グローブなどをやったのは、やはり顔面の技術というのはやはりグローブが先行していたわけですから、それを吸収するためにやりましたが、基本は素手である姿勢も変わっていません。寝技に対しても最初から取り組んでいたものです。最近は寝技のブームのようになっていますが、あくまでも打撃でそれを凌ぐという姿勢も同様に変わっていません。新しく出てきたものの対処法としていろいろな経験は必要ですが、「格闘空手」というものはずっと同じであると思っています。

20周年の今年やることとしてやはり本部道場を新設するということがあります。これは区切りとして必ず実現させるつもりです。それと、来年は世界大会の開催もあります。「灯台元暗し」で武道の本家とは名ばかりで外国に比べて日本では一部の理解者を除いて民間も行政もなかなか武道に対しての支援という面では心細いのが現実です。多くの武道団体が青少年教育という看板と台所の差が為らざるを得ない状況です。大道塾にも今まで歩んできた道としてもっとやりやすい道、安易な方法というのはあったと思います。しかし、今まで「○○は食わねど高楊枝」とやせ我慢をし、ここまできたということが、堂々とした社会体育としての大道塾を誇れる理由と思っています。これからも、「社会体育」、「格闘空手」を両輪として大道塾はやって行くつもりです。塾生の皆さんは日々鍛錬を続け、応援してくださってる方々にはこれからも御理解、御協力を宜しくお願い致します。(談)

文書日付2001.2

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