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東孝旅日記
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8月18日

道の渋滞。成田。寝てないから。ラーメン。本。役員と合流。ガラガラ。空気がキレイ。選手村へ!棟。食堂。知っている選手がいない。フィットネス、ケーブル探し、ショー。部屋交換。部屋の作り。

09:50 予定通り家を出発。家の前の一方通行路の右手で道路工事していた。サンシャインについて荷物を預けて車返還、と思いきや通行止め!!住人だと言っても「申し訳ありません」の一点張り。丁寧な女のガードマン(ウーマン?)だったから冷静に対応したが、男で無愛想に「ダメです!」などと言われた日には逆上するところだった(笑)。それにしても道はここしかない。何とか車を入庫させなければリムジンに乗れない。こうなったなら止むを得ない、道の途中に出て100mほどを一方通行を逆走するしかない。男のガードマンが「何をするんだ!?」といった顔で見ているが当然のことながら一方通行の先が通行止めなんだから来る車はいない。諦め顔でただ見ていた。急いで自転車に乗り換えて戻ると案の上、最高師範が心配顔で待っていた。今や殆ど中国、韓国の旅行客の定宿という感じで分からない言葉が飛び交う中を掻き分けコンビニ急いでお茶を買ってバスに乗り込む。

韓国、マレーシアから帰国後、少しは休めるとの期待・願望(?)に反して相変わらずの野暮用に追いまくられながらも、何度か細切れに繰り返し観た今大会の予選となった、「第9回世界武術トーナメント」(昨年11月、北京。参照:2007遠征レポート)。大体の選手の癖は分かったが、笹沢に見せるためには活字にしてなかったので昨夜急いで「08北京武術トーナメント参加選手の分析」(PDFファイル)を打ち込んだので殆ど寝てない(ま、“泥縄式”はいつものことではあるが 笑)。お蔭さまで乗り込むや否やそのまま引き込まれるようにして夢の中。気がつくとバスが見慣れた成田への風景ではない、レインボーブリッジの上を走っているではないか!!

これはこれでいつも通る度に、25歳で意気揚々とニューヨークに行った時の45年前にタイムスリップさせてくれる好きな場所だ。「スゲェー!ここはまるで宇宙都市じゃねぇーか〜」とアメリカ文明に圧倒されながらも、しかし「負けネェーゾーやってやる!!!」と闘志を掻き立ててくれた原風景ともいうべきところだ。
だが、今はそれ所じゃない!もしかして慌てて羽田行きに乗ったんじゃないかと何度も風景を確かめながら焦った!!今は“旅”がそれほど珍しくはなく、昔ほど人を気負わせたり、はしゃがせたりはしないにしろ、“生活”から離れるという“非日常”が、みんなにそれなりの“高揚”を与える。そんな人達に、今さら「このバスはどこに向かっていますか?」など、いくらなんでも間が抜け過ぎる(笑)。聞くに聞けないでいると、バスは橋を渡り切った所でいつもとは逆の左へカーブ!!どうやら酷い渋滞で回り道をしたようだ。「焦らせんなよー」と勝手にホッとしながらまた二度寝。気持ちイイー。

11:40 成田着。案の上いつもより30分も多く掛っている。やはり北京オリンピックの影響での渋滞かななどと考えながらチェクインカウンターで「混んでいるの?」と聞くと「8割くらい」ですね、との答え。意外だなと思いながらも、航空会社には悪いが、長時間エコノミーに座らされる身としては空いてるに越したことはない。(滞在日数の時間は措いて、8月は今日まで、乗り継ぎの待ち時間を入れた旅の合計が、12日間でなんと95時間、そのうち(拷問?)椅子に座った時間は、正味63時間!!腰が悪くなるのもむべなるかな!である)

「窓側2席だよね?なるべく前の方で2席空いているなら、その通路側で頼みます」と言いたい放題言うと、いつもは嫌な顔をさせるのに「分かりました」と拍子抜けするくらいに愛想がいい。「おかしいナー?いやさすがに中国もオリンピックとなれば対応が違ってくるんだろう」と感心しながら、レストラン街のラーメン屋で、ラーメンの“総合“ともいうべき五目ラーメンと半ライスを食べ、これまた恒例の本屋へ。

ここのところ本屋に行く暇もないから見出すとキリがないし、荷物になるので(一旦本屋に入ると、通常短くて2,3時間、長いとそれこそながぁ-----い 笑)のでなるべくアレコレ見ないようにして、この旅で読み切れそうなものと単行本の欄に。良いのがあった!!

しかしこれから中国に行くというのに「中国人に告ぐ!」だの、「中国ODA6兆円の闇」では喧嘩を売りに行くようなものだ(笑)空港で没収されたり、「こっち来い!」などとどっかに連れられたんではまずいから、もっと温厚なものをと2,30分物色し3,4冊買った。(題名はやはり内緒だ。試合でいうと非公開 笑)

その中で、先日の韓国セミナーでの嬉しい感想もあったので「これで良いのか?日中韓 表の顔裏の顔」(金 文学)という本を買った。これはタイトルだけ読むとどうかと思うが、帯に「中国瀋陽で韓国人3世として生まれ、85年中国の『東北師範大学日本文学科』を卒業後来日、現在、呉大学福山大学で教鞭をとり、日中韓3ヶ国語による執筆、講演活動を精力的に行い、本書は中国韓国でもベストセラーを記録した」と書いてあったので、現在の自分の嗜好に合うとつい買ったのだが、これが中々面白い!!もう少し機中で寝るかと思ったのに、中国に着くまで読んでいた(機中食を食べ寝た1時間以外は 笑)。

16:00 北京空港着。時差-1時間だから日本時間では17:00、ということは4時間のフライト。昨年とは違う空港だ。入管から荷物受取所までシャトル(軽軌交通)で10分(5分だったかも?)も掛かる大きな空港だ。「日本武術太極拳連盟」の石原先生に聞くと「今年3月にオリンピックに合わせて完成した新しい空港です」との事。今更ながら中国のオリンピックに賭ける意気込みが窺われる。

空港で石原先生と別れて“選手村”行きのバスに。約1時間くらいだが、空港から選手村(北京中心部?)までオリンピック専用レーンになっているらしく全く渋滞なしで“選手村”(クドイか 笑)に着く。まさかこの年で、というか、みんなと一緒で、オリンピックなどというものはテレビや、新聞を通して観たり聞いたりするもので、まさか自分なり知っている者の誰かでさえがそれに関係するとは夢にも思っていなかったから、「お父さん凄いねー!オリンピック村に入るんだねー!!」などとはしゃぐ娘や最師(※)に言われても、何かピンとこない。

※ 最師 毎回、最高師範では長いから短縮。しかし“ソンシ”にも聞こえるな、オットこれは悪い冗談だ 妻子の同音異義語と解釈乞う。

まして前から言っている今回の“散打”の本体である“武術”自体のオリンピックでの位置づけがまだ明確でないからなお更一緒になってはしゃげない。(参照:Wikipedia「北京オリンピック」) とは言っても“選手村”だ(済まん!)スポーツの超エリートが集まるという意味では紛れもない異世界/異次元だ。出来る限り彼らの存在力/エネルギー/オーラを感じ、いつの日にかの“空道”の未来に繋げ/生かせるようにしたいものだ。

武術チームのビルに着き空手でいう所の型=“套路(トウロ)”チームの孫先生一同男女5名と合流。何度か予選で会っているので顔は馴染だが、今まで一緒に長く行動したことはないのでこの1週間互いに良い結果が出るように協力したいものだ。
套路(トウロ)チームはこれまで3週間ほど中国での強化合宿をしていたので、今日は選手村にも先に着き既に済ましていたというので、二人で夕食を摂りに全選手が競技時間との兼ね合いで適宜、三々五々集まるレストランへ。

いるいる!笑 縦50m、横100mくらいのバカでかい食堂に、規格的に(2m超も)、鍛練的にシェイプアップされた、凄い体をしたアスリートエリートが“うようよ”と言うか“うじゃうじゃ”というか・・・。食事は地中海風、西洋風、アジアンなどと各コーナーがあり、選手はトレイを持ってそれぞれ好きな物の前に行き給仕のボランティアに持って貰いテーブルに運び食べる。いわゆるフードコート風だ。目移りがするが笹沢はあと2kgほど調整が必要ということで控えめに食べている。前回のベトナムでのこと(参照:2005ハノイ遠征レポート)があるから注意しないと(笑&マジ)

その後PCケーブルを探してボランティアに聞きながら村を右往左往。途中憩いの広場という感じのステージで毎日何らかのショーがあり緊張しがちな選手の癒し空間を意図しているようだ。この日は小林拳のアトラクションがあり、スポットライトの中で跳んだり跳ねたりして喝采を浴びていたのでそれを少し見て部屋に戻る。散打の監督ということで部屋割で気を遣って貰っていたんだろうが、自分が一人部屋で笹沢は套路の選手が相部屋だったので、替わってもらい相部屋に。昔は良くしていたが、この所ブラジルでは黒木ともそうだったが、久し振りで弟子と相部屋になるなー。俺の鼾(いびき)の中で寝むれる奴は出世するぞ!!ってか 笑。就寝11:40 布団が固いから床で寝なくて良いのはありがたい!でないと今日はカーペットじゃないから板の間に毛布を引くようだった。

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