ブルガリア・ルーマニア遠征記

平塚洋二郎(那覇支部)
※画像の脚注は東塾長

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押忍。那覇支部の平塚洋二郎です。6月23日より29日まで、ブルガリアでのセミナーのため、東塾長のお供をさせていただいたのでご報告します。

6月23日の夜の便で成田をたち、約13時間のフライトでまずパリへ向かいました。そして乗り換えのために空港で6時間程待った後、ウソの搭乗口を堂々と、平気で、教えてもらいながらも、事前にそれに気付き何とか乗り遅れずに目的の飛行機に乗り、3時間のフライトでブルガリアの首都ソフィアに着きました。沖縄から東京、そして成田までの時間を入れると確実に24時間以上を移動に費やしたことになり、体力別の時の沖縄‐仙台間の移動などかわいいモンだと、今は思えます。

ソフィア空港で現地の人達や今回のセミナー実現に力があったギリシャ支部の人達、フランス人の奥様がいるフランス支部長の土田真也先輩などと合流し、まず日本大使館に向かいました。自分は大使館には入らず外で本場のブルガリアヨーグルトを食べて待っていたのですが、大使館内では防犯カメラのモニター越しに東先生に気付いた武官の方がいて声をかけられたり、大使に週末御夕食に誘われたりと、なにやら大変なことになっていたようです。

その後、翌日にセミナーが行われるハスコヴォという町の方角へ約200kmを車で爆走し、ホテルにチェックインした後食事に出かけました。そこにはブルガリアの人達だけではなく、ギリシャ支部と、今回ブルガリアと一緒にセルビアチーム(既に「 KUDO SERVIA―空道セルビア」というTシャツを着ていました?) も集まっており、賑やかな晩餐会となりました。ちなみに塾長の様々な遠征記で良く書かれる通り、セルビアのことは塾長も初めて知ったようでした。勿論、セミナー終了後に正式支部加盟を申請していました。

bul_1 パリからソフィアへ。眼下にはまだ雪の残るアルプスが峻険な尾根を見せる
bul_2 ブルガリアソフィア空港で

次の日はその3ヶ国合同で、基本稽古・移動稽古を中心にセミナーを行いました。人数はざっと40人程でしょうか。地元テレビのカメラも来ていました。フルコン経験者が多く、日本で売られているDVD『北斗旗への道』を持っている人などもいたため、思っていた以上に技が綺麗で驚かされました。「塾長が海外のほうが基本を大事にしている」という言葉そのものでした。4時間のセミナーの最後に空道独特の掴みからの技術を紹介して無事終了しました。

その後、支部長になったディンコ氏の湖畔のレストランで食事をしながら、日本から持ってきた大道塾のプロモーションDVDなどを見ているうちに、せっかくだから明日は是非審査をしてほしいということになり、急遽行うことになりました。その食事の最中に土田先輩はフランスに帰られてしまい、もっといろんなことをお聞きしたかった自分としては、1日しか行動を共にできなかったのが残念です。その夜は、東先生のカラオケに行きたいという願いも、カラオケが見つからなかったため叶わず、早めに就寝しました(ホッ!)

翌日の3ヶ国合同の審査では、自分も組手や寝技の相手をやったのですが、寝技では、自分より更に技がないのに力だけはやたら強い人が多く、押さえ込んだつもりでもしぶとく動き回られ、普段大きい人と稽古する機会があまりない自分には良い刺激になりました。
bul_3 膝蹴りは腰を押し出し、膝で突き刺す感覚で!
bul_4 足刀は返っていないが、脚はよく上がっている
bul_5 セミナー終了後
bul_7 左からディンコ(ブル)、アポトリス(ギリ)、塾長、(セル)

審査が終わってから、そこでギリシャ支部とセルビアチームの人達とはお別れでした。高速道路をソフィアに向けて走ったのですが、途中で昼飯を食べたレストハウスにサングラスを忘れた自分のためとはいえ、路肩を1Kmほどバック走(!)するような“カミカゼ”ドライバーに乗せられて、大使との御夕食のために爆走しました。
大使公邸では鳩山 邦夫会長の大学時代の学友だった福井 宏一郎大使と、その奥様、娘さん、専属の料理長さん、東先生、それから自分の6人で、庭でバーベキューをして頂けることになり(感激!) 、現地の美味しい料理やお酒、果物、そろそろ恋しくなってきていたお茶漬けなどをたくさんいただきました。
大使ご自身も昔は柔道をやっていたということもあり、K-1から始まり、プライドと、空道の違いまで、ディープな格闘技の話でお酒も進み、いつの間にか公邸の庭は東先生のステージと化していました。先生が『人生劇場』や『一本刀土俵入り』などを唸られると、大使も「琵琶湖就航の歌」などをご披露頂き、そこから一気に大合唱大会に突入し、自分も先生の号令に合わせて、ネクタイを締めたまま気合を入れて基本稽古をさせていただきました。それまではとても静かな夜でした。


bul_8 奥様の心尽くしの手料理をご馳走になった。
bul_9 愛嬢が栓を抜いたワインに思わずゴクリ
bul_10 「人生劇場」が始まった!

次の日の朝は、ベッドが2つあるホテルの部屋なのに、送ってきたディンコ支部長、と片腕の○○氏等が不法滞在し(?) 、深夜まで格闘談義で盛り上がり、朝気がついたなら自分は床の上でした。急いで荷造りをしソフィア空港へ向かいました。当初の予定ではこの後ルーマニアへ行きセミナーをやる予定だったのですが、セミナーを希望していた人達が予定を延ばして欲しいとの事になったため、塾長は時間が勿体ないからと、日本に戻ろうと航空会社と交渉しましたが駄目で、ルーマニアには開き直って観光だけしに行くことになりました。
ルーマニアの首都ブカレストまでは2時間ほどのフライトでつきました。飛行機に乗るときからうすうす感じてはいたのですが、この国は美人が多く、しかもスタイルもよいようです。日本でなら間違いなくトップモデルというような人達がわんさかいました。あとから東先生に聞いたのですが、ルーマニアは3大美人国だそうで、納得です。そういうわけではないのですが、その日は先生も自分も、どうしても日本食が食べたくなりKyotoという日本料理屋に入り『喰う道選手権』を開催し、次の日に観光に行きました。
ブルガリアもそうだったのですが、ルーマニアはよりいっそう共産主義時代の面影が色濃く残っており、故チャウシェスク大統領の野望を有形化したような巨大な建物群が印象的でした。観光を終えてすぐにタクシーに乗り、軽くぼられながらも空港に到着し、そこからパリ経由の帰国の途につき、29日の夜に成田に帰ってきました。

bul_11 1989年チャウシェスク最後の演説が遮られ
ヘリで逃げることになった、旧共産党本部
bul_12 革命の舞台となった大学広場周辺
bul_13 名ばかりは「国民の館」チャウシェスクの夢の跡

今回の遠征で感じた大きな点は、海外での空道熱の盛り上がりようと、日本武道の国際的な価値の大きさです。常々東先生もおっしゃられておりますが、武道は紛れもなく日本の宝です。新しい武道、空道を更に価値あるものにしていくためにも、一塾生として日々の稽古に精進したいと思います。
この度このような機会を与えていただいた東塾長、比嘉先生、そして大道塾にこの場を借りてお礼を申し上げます。ありがとうございました。押忍。

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