初めての海外出張 〜サンクトペテルブルグ・モスクワ編〜

能勢菜緒(総本部事務局)

私は大道塾総本部事務局の一員です。普段の主な仕事は塾生データなどの管理などです。それに加えて、大道塾オフィシャルホームページの編集を担当していることもあって、今回は撮影班としてモスクワ遠征に同行させていただきました。
ロシアへ行くのは初めてで、英語はほとんど通じない(そもそも英語もあまり話せませんが・・・)、ちょっと怖そうなロシア人の表情(あくまでも想像です)と不安定な情勢に少し不安を抱きつつも、ロシア経験豊富な塾長(先生)を信じ、事務局長(奥さん)、5月23日に行われるモスクワ大会に出場する若月里木選手と共に5月19日、モスクワへ出発しました。

モスクワ空港のゲートを出たところでモスクワ支部長のゾーリン氏とアナシュキン氏、ベゼルチャコフ氏と通訳のジーナさんが出迎えてくれました。ゾーリン氏らには、世界大会でお会いしたきり。ジーナさんは、よく日本でも会うことがあって日本語がとても上手。日本とロシアとの交流には欠かせない存在です。
しかし、顔なじみのロシア勢に会って安心したのもつかの間。先生はジーナさんやゾーリン氏とどこかへ行かれてしまい、奥さんとは離ればなれ。若月さんと私は誘導されるがままにワンボックス車に乗せられてしまいました。何の説明もなく(説明されてもロシア語ではわからなかっただろう)車は走り出した。運転手は体格が良さそうだからきっと塾生だろうと勝手に判断。モスクワ市内にでると道路は東京と変わらないくらい渋滞していました。その混んでる中を、隙間を見つけては車体すれすれで追い越してゆく。道がすくと約時速120キロで走り、急ブレーキ!さっきの安堵感はどこへ行ったのやら、若月さんと2人、後部座席でフリーズしてしまった。ホテルに向かっているのだと思っていたら、一つの駐車場に止まった。そこはアジアン料理の店でした。中に入り奥さんの顔が見えた途端、一気にホッとして「やっと会えたー!!」と叫んでしまいました。モスクワに着いて早々あまりに衝撃的だったので、そのおかげで以降、ちょっとやそっとでは驚かず「これぞロシア流」と納得するようになりました。

ディナーが済んですぐ、モスクワより北にあるサンクトペテルブルグへ向かいました。行きの電車は日本で言えば寝台列車。約8時間の列車の旅です。寝台と言っても小さいホテルの一室のように1部屋小さなベッドが2つあり、まるで「世界の車窓から」の気分です。私はジーナさんと相部屋でベッドに横になると列車の心地よい揺れとガタンゴトンという程良いBGMですぐに眠りにつきました。

サンクトに着くと責任者のピロコフ氏とキシロフ氏が出迎えてくれました。着いたのは5月20日早朝、朝もやがかかりモスクワよりもより(TVで見る)ヨーロッパの街並みに似ていて古い建物が多く目につきました。サンクトは日本で言えば「京都」みたいな所で、歴史のある建物を残し景観を大切にしている街だそうです。(詳しい歴史については塾長の記述参照)
日本からの観光客は年配の方が多く昔から変わらずどこか懐かしく感じさせるのがこの街の魅力なのだと思います。この日もあいにくの雨でダウンコートでも寒いくらいでしたが、イタリアのベニスを真似した街並みやヴェルサイユ宮殿をイメージして建てた宮殿内の庭は緑が青々として、雨のおかげでより幻想的で壮大でした。

サンクトで捕れた(実際は先生が釣り堀で釣り上げた!)魚を食べ、フランスから直行でいらした土田慎也支部長と合流。夜はサンクトの道場を視察しました。道場はサンクトの中心地にありました。壁には昔の北斗旗の写真や先生の肖像画がかかり、塾生は年配から少年部まで約30人程でした。基本や組み手の時間が普通より少し短いので、見るに見かねた先生がジーナさんを通して指導を始めました。始めは半信半疑な塾生達も徐々に話を真剣に聞くようになり、表情や型が良くなっていくのが私のような素人でもわかるくらいの変化がありました。指導者が正しい見本を見せることで1人1人の姿勢が変わる。言葉が通じない時でも先生の「空道」に対する気持ちが塾生に伝わった瞬間でした。

次の日は風が少し冷たいもののスカッとした青空になりました。ピロコフ氏の友人であるコンスタンチン氏がクルーザーをもっていて一行をクルージングに招待してくれました。ビールをたくさん乗せたクルーザーは、ネヴァ川という川を時速60キロで疾走。ロシア人は車でも船でもとばすのでしょうか?両脇に見える歴史ある建物を眺めながらのクルージングはとても優雅な気分でした。その余韻を残しつつ、帰りはモスクワまで5時間で着いてしまう新幹線のような特急列車に乗り、サンクトを後にしました。

モスクワへ着いたのは5月21日の夜。ただ、今の季節は白夜(ホワイトナイト)の為、夜8〜9時でもまだ夕方のような明るさなのですっかり時間の感覚がありません。人は空が暗くなると寝ようとする習性があるようで、少しうたた寝をすれば後はいつまでも起きていられるような錯覚に陥ります。でも胃まではさすがについていかないようで夜11時過ぎに食べたマリオットホテルの特大ステーキは食べきれず、半分若月さんに食べてもらいました。「あぁ、美味しかったのに・・・」

次の日(22日)は数人の一部予選が行われました。各国・各地方から支部長・責任者が集まり、ミーティングも開かれました。様々な意見が飛び交い、ジーナさんのほぼ同時の通訳ぶりに圧倒され、通訳という仕事はすごくエネルギーのいる仕事だと感じ、華奢なジーナさんを見て感心するばかりでした。また、指導者1人1人の真剣な気持ちは表情から伝わってくるが、言葉がわかればもっと分かり合えるのではと、少し歯がゆい気持ちになったのは先生も奥さんもジーナさんも、指導者らも同じだったと思います。ただ様々な問題があっても塾長の「とにかく「空道」を発展させよう」という強烈な意志でそれまでの日本の例を参考に調整すると、「オス!」の一言でまとまるのを見て、日本の会議が試行錯誤して進むしかないから仕方ないとは思いながらも組織面でも日本に追いつくのは凄いことではないなと、嬉しいような恐いような複雑な気持ちになりました。言葉が違うだけで「空道」への熱い考えや共感する気持ちは日本もロシアもないことを証明しているとも言えます。今思い出すと、「日本もロシアも「空道」を愛している人達の考え方は同じなんですね」という言葉を年中奥さんと話していた気がします。

その日の夕方、先生と奥さんはミーティングの続きがあるということで、土田さんと若月さんとジーナさんの妹のナターシャさん(彼女も日本語専攻の大学生)と塾生のロメオさんの5人でモスクワ市内の観光をしました。会話も最初はどうなるかと思いましたがナターシャさんも上手だし、土田さんの流暢な英語に助けられ、日・英・露・仏(?)語が行き交い、楽しい観光ができました。この日、5月22日はなんと先生の?5歳の誕生日!!支部長ら20数人が集まり、盛大なパーティが開かれました。サプライズのプレゼントはスーパーセーフのフラワーアレンジと先生の顔が描かれたマトリョーシカ。先生・奥さん・アナシュキン氏・ゾーリン氏・ベゼルチャコフ氏の顔が順に小さくなって出てきました。極めつけは、大きなケーキの上にお菓子でできたスーパーセーフと拳サポーター。(後で先生は、もったいないけど持っては帰れないので召し上がったそうです)他にもたくさんの贈り物があり、先生と奥さんはとても楽しそうでその笑顔をついついたくさん撮ってしまいました。(撮影班として?!)

5月23日、モスクワ大会の当日です。厳重な警備体制、国際空港並みのセキュリティチェックを受け、会場入り。収容人数は代々木第2体育館くらいだが、バルーンで装飾をし、壁にはスポンサー(ロシアの有名各社)の宣伝ポスターが並ぶ。2階席くらいの高さに巨大なオーロラビジョンが・・・!

試合が終わる度に、ハイライトのリプレイを映し出します。「観客も見やすく、審判にとっても判断しにくい時も正確に確認することができる」とアナシュキン支部長。白熱した試合が続き、日本勢は惜しくも1回戦敗退でした。海外(アウェイ)で試合をして勝つというのはとても大変なことだと先生からいつも話を聞きますが、実際に試合の様子から日本を倒すことへの執念や優勝へのこだわりを感じ、観客のブーイングが起きる中で精神統一をさせなければならない日本人選手のことを考えると改めて勝負の難しさを感じました。休憩時間には、若手グループによるダンスパフォーマンス。いつも将来有望そうなアーティストをセレクトするとか。(あのタトゥーも数年前まだブレイクする前にゲストに呼んだことがあるそうです。)今回のゲストも有名になるのが楽しみです。また、観客に開場時に番号札を配り、試合終了後にクジを行い当選者に景品をプレゼントするなど、閉会式まで客を引きつけるというアイデアがとても良かったと思います。

5月24日、とうとう日本へ帰国です。1週間は長いようで短い期間でした。この日はほとんど時間がなく、道路は渋滞するし空港のセキュリティ厳しいなどで出発時間が2時間遅れたことが運のつきでバタバタと飛行機に乗り込みました。最後までゾーリン氏・アナシュキン氏・ベゼルチャコフ氏・ジーナさんが見送ってくれました。
この出張を通して、大道塾で言えば「空道」を発展させようという共通の目的達成への意欲、また相手を思いやり、お互いに興味を抱き「来て良かった」と思って欲しいというのは、誰もが願うことで、人間の素直な感情であることを知りました。私も日本に訪れる各国の人達が「また日本に来たい」と思うようなサービス・配慮を、総本部事務局としてできたらいいなと思いました。その為には空道についてよく知り、世界の現況をもっと勉強する必要があると感じました。

最後に、先生、奥さん、モスクワに招待して下さったゾーリン氏とアナシュキン支部長、このような貴重な遠征に同行させて頂けましたことをとても感謝しています。私の仕事の上でも、人生の上でも勉強になり刺激を受けました。これからも大道塾の裏方的存在でサポートしていかれたら幸いです。ありがとうございました。
また、最後まで私のお粗末な文章を読んで下さった方々にお礼申し上げます。

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