愛と戦慄(?)の、第10回モスクワ国際大会

東孝

今回はモスクワ支部設立11年目で、大会としては10周年記念大会というのでモスクワ支部の力の入れようも並々ならないものがあった。この二、三年、世界不況の影響でやや縮小気味だったのが、今回は選手4人と私で計5人を招待。ホテルの例の五つ星「マリオットホテル・AURORA」である。

マリオットホテル

海外遠征に同行する選手は通常、前年度の体力別最優秀勝者や次点の選手、それと無差別の4位までの入賞者から人選するのだが、02中量級優勝の後藤 一郎は一身上の都合で辞退。02軽重量級優勝の若月 里木は体力別連覇を期して辞退。もう一人の軽重量級で02無差別4位の寺本 正行もスペイン・ドイツ遠征を行ってるし、打倒コノネンコを果たし初の軽重量級制覇をしたいので体力別に集中。重量級の優勝者清水和磨は昨年のラトビア遠征時に10日近く休んだことでかなり"職場環境"が厳しくなり(!)今回は不可能との事。この辺が"社会体育"の辛い所だ。超級・無差別級優勝者の藤松 泰通は昨年イタリア遠征に行ってるが、前回のスペイン、ドイツ遠征を体調不良でパスしてるところから今回も資格はあったのだが、ここ10年程で最も激戦となり真の差重量級王者を決めるとも言うべき超重量級に備える為これまた辞退。

そこで今回は第二回世界大会までに成長を期待される若手に、世界の現状を知ってもらうことを主眼に人選してみた。02北斗旗軽量級優勝の伊賀泰四郎、東北中量級三連覇の今野章、同じく03東北軽重量級2位の鈴木清治、02北斗旗軽重量級3位の服部宏明の4人。それぞれ地区では実績を残しているものの「第一回世界大会」までは上に先輩や大ベテランがいて今ひとつ前線気分がなかったが、再スタートした去年から台頭してきた選手達だ。今後は彼らが常に中心になって各階級のレベルを上げて行かないと「第二回世界大会」はかなり厳しいものになるだろう。

さて今回は大会までに日数もないので、いつもの"薀蓄(うんちく)"は控えめにして簡単に。

空港に着くなりモスクワ第一のスポーツチャンネル、スポーツエクスプレスがテレビカメラでお出迎え!は良いのだが、なんとその第一声が「初期には優勝や上位入賞が当たり前だったのに、この所日本勢はこの大会ではなかなか上位に進出できませんが、創始者である塾長はそこの所をどうお考えですか?」と来た。モスクワに向かう機中でも、モスクワ中のマスコミが集まるような大会なので、試合会場ではそんなことも聞かれるのだろうと、こっちも覚悟はしていたが、まさか空港でとは!

大会の看板

「いや、弱肉強食的文化である西洋文化は、肉体の威力とか武力というものに対して伝統的に肯定的だし、その上、ロシアの現在は、日本の敗戦直後の"闇市時代"のように、日常生活から商売、教育、文化活動まで何をするにも"腕っ節と度胸"が必要とされ、国自体が格闘技や武道を必要としている。

ところが、日本の文化はもともとが"和の文化"で協調を旨とし争いを好まないものだし、その上、GHQ(日本を占領した連合国軍"総司令部−General Headq(Q)uarters")は、青少年教育にもっとも有効な武道を、"愛国心や軍国主義"に繋がるものとして禁止した。敗戦七年後の1952年になってやっと、スポーツ面を強調して"格技"として復活させた。当時、共産主義全盛の日本の教育界も、そういう発想から過小評価したから、「武道は肉体と精神を鍛え、礼儀を学ぶための必須科目」的な感覚は、現在の青少年にない。(それが現在の"教育崩壊"に繋がっているというのは私のみの感慨ではないはずだ)

そのため社会のサポートを得られず、武道をする人間や団体を運営するものは、個人的にしろ"社会的位置付け"にしろ、ある意味で"特殊な(危ない?)"だったり"変わった"人間というように見られている日本の現状では、選手の育成や団体の健全運営が厳しいんだ」といつもの持論(これは事実だ!)を言ったが、改めてオリンピックの時だけの"武道母国"の現状は悔しい。

一夜明けて試合会場のある国立のオリンピック競技場地域に着くと、ゲートには数人のセキュリティ(国の警備官)がいて、車で通るにしろ地下鉄で来るにしろ、一々厳重な身分照会しなければ入れない国際大会をする為の立派な建物だ。会場の建物入り口にも大勢の警備官が無数にいて、簡単には入れない。これじゃ却って客足が遠のくのではと心配するほどだ。会場内に一歩足を踏み入れると、なんと世界大会を意識したのだろ、2面の試合場で一面は日本式に足場を組んで1メートルほど高くしている。その周りにはアエロフロート、マリオットホテル、ブリッジバンク、スポーツエクスプレスといった超一流どころの企業がこれ見よがしにスポンサードを誇示している。

ただ、これはどこの国でもそうなのだが、大会運営はプロにでも任せない限り、日本のように会員の協力で手際良く進むという事はまずない。この辺は日本人の"協調性"が良い面で出る所であり、いつも「どうだ日本人は立派だろう」と誇らしげな気持ちになる。その為、通常のトーナメントに入る前に3時間ほどロシア人での予選をするというので、それなりのペースで待っていたところ、突然、伊賀選手の名前が呼ばれた。

会場

あわてて伊賀を控え室に呼びにやり、試合開始!となったためか、伊賀は初っ端、2,3発の軽い打ち合いの後、得意の投げで相手を崩す。これは良い戦法だ。が、なんせいつも言ってるように同じ階級でも2階級くらいの体力差がある連中だ、すぐに帰して上になられ危うくマウント「効果」を取られそうになる。何とか凌(しの)いで再度立ち上がったが、今ひとつ調子に乗れないまま、また打ち合いになった。

基本的には海外の選手と戦う時は、なるべく打ち合いを避けたほうが良い。(体力トレーニングに力を入れて自信があり、特に首が太い人間は別だが) 打ち合うにしろ2,3回打ち合ったならすぐに組み付き間合いを殺すか(もちろんこれにはこれで、組まれても振り回されないだけの足腰が要求されるが)、逆に打っては離れるという、(どちらも離れ際のアッパーやフックは当然だが)"ヒットアンドアウェイ"でコツコツ、ダメージを積み重ねて行き、ここぞという時に一気に畳み掛けるという戦法が理に適った"正攻法"だ。

2度目の打ち合い。相手が右ローからワン・ツーで入ってきたがパンチが強いので、接近し相手の肩口を持って、少し態勢を整えようとした。だが、左腕が伸びて相手と間があり、しかも顔を横向きにしていた為、左腕のガードごと、強烈な右のフックがアゴに炸裂!膝から崩れた。こうなると連中はこっちの回復を待つような悠長なことはしない。伊賀もまだフラフラしてるので、左フックから組みにいったところへ今度は左のフックで再度ダウン。まざまざと体力差を見せ付けられた試合だった。

暫くすると今度は今野の名前が。全国大会ではまだ2回戦から上には進めないが、このところ東北では三連覇して中量級では次期世界大会に最も近い実力をつけている今野。とは言っても、兎に角、名前が載っていなかったり、あってもまったく別な人間だったりする組み合わせ表(しかもロシア語だ!)に上に相手の身長、体重、経験といったといった基本的なデータすらない。まったくの手探りで戦うしかないが、相手はそれほどの実力者とも思えない外見だが、いつも言うように日本人的当て推量では自力が測れないのが連中だ。

今野、慎重に腰を下ろし相手との間合いを計りながら接近し相手のローに合わせて2,3の打ち合いの後、すぐに組んで"サバ折り"気味に倒しマウントポジションを狙うがなかなか倒れない、それでも何とか得意のグランド戦に持ち込んだ。技的には今野のほうが上なようだ。とはいってもパワーの差は如何とも出来ない。度々もう少しの所まで行くのだが強引とでもいうべき力で返され、切られるので極め切れない。再度立ち上がって今度は今野が右ローに行くところに左ハイを合わされたが、軽く何のポイントにもならなかったがハッとした場面だ。かろうじて引き分け。

今野選手の試合

延長戦、やっと調子が出てきたか、ローに重い右ストレートカウンターを度々合わせて印象点を稼ぐ。数度目のグランドで相手のガードポジションに対し左足をパスガードしそのまま反転、膝十字固めを極め、ようやく「1本勝ち」。

それまでの日本選手の試合は離れたサブ面でだったし、目の前でも試合が進行しているので、「審判長」としては日本の選手の試合ばかりに集中してはいられなかったが、中央の試合場ということで、近くで見ていると「効果」を「有効」にしたり、その逆だったり、ボディへの連続攻撃で「効果」や「有効」を採ったりするので何度か集めて注意するが徹底しない。余りに審判の判定が酷いので思わず、「俺が見本をする!」と言ってしまった!元々"面倒嫌い人間"でデシャバル気は毛頭ないが、今後の決勝トーナメントの為にも基準ははっきりさせないと、と思い副主審にゾーリン、副審にアナスキン(共にモスクワ支部)、アソ−キン、イワノフ(共にウラジオ支部)といったロシア内では北斗旗ルールをしっかり理解している者を選んで登壇。

ところが得失点表示板もないし、目に見える時計もない、グランドや掴みの経過告知もない!しかも場内で放送されるロシア語は殆ど理解できないのに、全てを頭に入れながら裁かなくてはならない。これじゃ連中には無理だと思いながら、それでも4,5試合何のことはなく進めていたが、ある試合で2回のグランドが終わったのを承知していながら、それまでゴタゴタした試合が関節がきれいに極まったものだからだろう、「一本!」とやってしまった。あわてて再度試合をさせたが、結局同じ技で「一本!」予告審判みたいだったが、一時はカッコ悪かった。

その中央のメインの試合場で3人目の鈴木。相手は、第一回世界大会中量級で高田 久嗣と死闘を繰り広げ準優勝した、ダシャエフ・ベスランが軽重量に階級を上げてエントリー。やはり世界大会戦士だ。ほかの選手とは動きが全く違う。序盤から打ち合うが鈴木、回転の速いパンチと重い蹴りに圧倒される。苦し紛れに、これも最近日本の選手がよくやるようになった悪い癖だが、右の上段回し蹴りに行ってそのまま不用意に回転し相手に背中を見せた瞬間、ダシャエフは待ってましたとばかりにステップ・インして重いワン・ツーを顔に叩き込んでダウンを奪い「有効」!次は重い右ストレート中段。少し間を置いて右中段回し蹴りと一本一本が体重の乗った攻撃を出す。最後は、必死になって返す鈴木のパンチをものともせず、左ストレートから右フックそして左上段回し蹴りで「一本!」。鈴木、最も手強い相手と当たって全く自分の組み手をさせてもらわない内に、終わってしまった訳だが、この屈辱をバネに精進してほしいものだ。

次の試合は4人目の服部。だが、02北斗旗軽重量級ベスト4、と紹介しても、勝ち誇るロシアの観客はもう日本人は怖くないといった風な反応だ、クソー!舐めてるなー。しかしこの相手なら服部もチャンスはあると思って見ていると、「初め!」の合図とともに、ヨーシ!と腰を下ろして構えた服部に猛然と突進してきた!完全に呑んで掛かっている。これに意表を付かれた感じの服部、何とか投げやグランドで持ち直して前半を終える。副審の判定は2対2、そこへ主審のゾーリンが服部に挙げて服部判定勝ち、少し強引かな?と思っているとブーイングの嵐で審判の協議が始まり、再度、旗を揚げて『引き分け」。延長では一進一退の攻防で、「微妙に投げの多い服部に旗が上がってもおかしくないな」といった風だったが、本戦での印象が強かったためだろう、なんと全員が相手の旗!勝てる相手にも負けてしまった。

こうなると残るは今野。審判長であり、「空道、大道塾の創設者」と散々煽てられている反面、「この頃、日本勢はロシア大会では勝てませんね」などといわれている以上、何としても勝ち上がって欲しいところだ。技的には今野が確実に上だし体力もそれほど違いはなさそうだ。ここは大丈夫だろうと思っていると、相手のローに得意の右ストレートを合わせたりして初戦は中々良い滑り出しだった。ところがその然もない下段が、前足にタイミングよく合わさって(今野は足をチャッチする積もりでカットしなかったのだろう)足払いされたような恰好で今野が尻餅をついた。形は綺麗な下段ではあったが、ダメージのある蹴りではないし、"極め"の動作もなかったのでそのまま「続行」なのだが、何と、これで「効果!」(さすがに"模範審判?"が効いて「有効」にはしなかったが)抗議しようとも思ったが、それまで次々と敗退しているので"イチャモン付け"風に見られるのも体裁が悪いかったし、この相手なら返せると思いそのまま見ていたら、後半、はじめからどうタックルに行って、グランド戦で同じくヒザ十字を狙ったがグランド20秒程度で「待て!」が掛った。この辺も曖昧だが、直ぐまた次のテイクダウンでバックマウント「効果」を取ったところで「引き分け」。延長では終始今野ペースで進むが、いかんせん倒すまでには至らなかった。そのうち、中盤になってなんともない前蹴りが軽く顔に入った。「効果」にもならなかったので勝負の内容的には今野の勝ちだが、印象点で判定は相手に!

審判がどこまでそれを理解していたかは知れないが、ルール上は「両者に何もなし、とか同じ『効果』同士や『有効』同士なら、『反則』の少ない者の勝ち。それでも差がない場合は、第1に打撃、第2に投げ、第3にグランドの攻勢の順で評価」という試合規約上、あの足払いを「打撃」にしろ「投げ」として評価するにしろ相手の勝ちとなる。今野、次の準決勝の相手は棄権だったし、決勝の相手もそんなにずば抜けた相手ではなかったから、本当に惜しい試合をなくした。

とは言うものの、試合内容の濃淡はあるにせよ、3人が1回戦負け、1人が2回戦負けという厳しい結果だった。早速テレビ局が「やはり(だと!この)日本選手は負けましたね」と来たから「始めに言ったように、今回は若手選手の経験という側面が強いし、二週間後には『全日本大会』があるために一線級の選手は来てないから、そんなにがっかりはしていない。今の日本の空道、大道塾の環境では、『"エンターテインメント(娯楽としての格闘技)"としてではなく"健全なる武道"として社会に受け入れられる』という理念を掲げながら歩むためには、団体の力量を超えた無理な選手強化策はかえって団体の首を絞めることになるので出来ない。4年に1回の世界大会までに徐々に実力を上げるという考え方しか出来ない」と言ったが、どこまで理解してくれたか・・・・。

それにしても今回も改めて思ったが、よくフルコン空手では「技は力の中にあり」といっていた。初期のころは"技術至上主義的"な日本空手界では邪道呼ばわりされていたのだが、たちまちのうちに、日本の空手界を席巻してしまった。同じような傾向がグランド競技でもあるようだが、海外の選手に苦戦している姿を見ればいずれこれも同じことである。いわゆる地力(全身の連動する筋肉)が土台にあって、その上に全ての技を少なくとも防御レベルまで体得し、更にその上で自分の得意な分野を持たなくてはならない。

改めて基礎体力の向上を強調したい。今回、日本勢のパンチも数的には同じくらい当たってはいるのだが、筋力に勝る連中には効かないし、逆に相手のパンチを一発もらうと"ガクッ"ときてしまう。とにかく、相手にダメージを与えれるような強い拳(握力と、拳頭)それを送り出す、ヒットマッスルとそれを支える手首、肘、肩、そして打たれてもビクともしないような、太い首と簡単には倒れない強靭な足腰(相撲)がなければ「技は上手いけど、弱い」という選手になってしまう。

ましてや、「打撃だけ」とか、「グランドだけ」という試合なら、その種の技にのみ対応していればいいが、総合の場合は突き、蹴り、投げ、締め、間接といったような様々な技が駆使されるので、組技を警戒していたなら打撃をまともにもらってしまったとか逆に、打撃戦をするつもりでいたならグランドに引き込まれてしまった、などまともに攻撃をもらうことが多い。そんな時自分を守ってくれるのは頑健な身体である。「"突き、蹴り"が切れる、早い」とか、「寝てしまえばこっちのもんだ」などと偏った考え方をしていると、相手は必ずその穴を突いてくる。

外人と同じ体力をつけることは出来ないが、彼らの7,8割の地力があって、始めて日本人好みの緻密な技、そして最後に「武道は日本にとって絶対に譲れない文化なのだ」という価値観を維持する。この3つを総動員しなければ日本の武道界、そして "武道"によって大きく世界にその存在をアピール出来るはずの日本そのものに明日はないと思う。

支部長会議

(この次の日、マリオットホテルの会議場で全ロシア支部長会議があり、ある決議がなされた。大道塾、空道にとって喜ぶべきことなのだが、ものすごい勢いで延びている海外の大道塾、空道の発展を考えた時、本家の日本側にとってのある種の"踏み絵"を踏まされるようなことでもあり、それに付いては稿を改めて考えてみたいと思う)

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